第3話 エスコート
「俺が・・そのような大任を?」
召喚された少年少女達の実地訓練に同行して欲しいとの依頼だった。
冒険者協会を通しての指名依頼らしい。
「おうよ、俺が推薦したってのもあるんだが・・まあ、おまえなら出来るだろう?ちゃんとした筋からの依頼だ。間違いねぇ話だぜぇ」
欠伸混じりに偉そうな事を言っているのが、この冒険者協会の支部長、ボルゲン・ヤードン(34歳独身)である。とにかくデカい。そして、全体に筋肉である。髪は残っていない。髭は濃い。眼がデカく、鼻がデカく、唇もデカい。態度もデカいし、声もデカい。
簡単に言えば、極めて暑苦しく、うるさい上に・・。
「おうっ! シン、酒はねぇのかっ?」
人使いが荒い。
まだ朝日が昇ったばかりだってのに、もう酒を呑みたいとか言い出す男だ。
(生涯
俺はそう確信していた。
ちなみに、ここの冒険者協会で登録している冒険者達の間では、『ボルゲン支部長が三年以内に結婚するか、しないか』の二択で賭けが行われている。俺はもちろん、できない方に賭けている。
「消毒用のが棚にありますよ」
俺は掃き掃除をしながら背中で答えた。
何しろ金が無い。
なので、協会の依頼をしていない時は、こうして臨時職員として掃除から洗濯、調理場の手伝いまでやっている。
「馬鹿野郎っ! 消毒用の酒なんか不味くて呑めるかっ!」
「じゃあ、我慢してください。俺、酒屋じゃないんで」
「・・っ、この野郎っ!」
怒声と共に、何かが飛んでくる。俺は見もせずに、ひょいっと横へ小さく跳んで逃れていた。果たして、重たい革張りのソファーが、俺が立っていた辺りを勢いよく通過して反対側の壁に当たり、派手な破砕音と共に壁に大穴を開けた。
「また給料が減りますねぇ」
「・・っば、馬鹿言ってんじゃねぇっ! ありゃあ、おまえが・・そうだっ! おまえが生意気を言ったからだろうがっ!」
「リアンナさん、もう出勤されてますよ?」
その一言で、
「なっ・・なにぃ?」
筋肉ダルマが急速に元気を失った。
「だって、ほら・・」
俺は穴が開いた壁を指さした。
そこに、すらりと背丈のある優美な肢体を協会の制服で隙無く包んだ美貌の女性が立っていた。この辺りでは珍しいダークエルフである。束ねた銀髪が腰の辺りまで届いている。銀縁の眼鏡越しに、切れの長い双眸が冷え冷えとした視線を向けていた。
「リ、リアンナ・・・これは・・いやっ、シンのやつが避けやがってよぉ・・それで」
筋肉大男が気味の悪い猫なで声になって、気味の悪い笑いを浮かべている。
「死になさい」
率直な言葉をかけて、リアンナ女史が廊下を去って行った。
「ちょっ・・ま、待って・・待てって、リアンナ」
大急ぎで筋肉が追いかけていく。
まあ、これがロンダスという街にある冒険者協会の日常というやつだ。
リアンナ副支部長には逆らうな! 冒険者達の不文律である。
実に清々しい朝でした。
「よお、シン! 仕事がありそうだな?」
声をかけてきたのは、仕事の依頼に来ていたらしい町大工の男だ。
「壁に大きな穴が開きました。ソファーも脚が折れちゃって・・」
「じゃあ、オグの奴も呼んでおくか。話は嬢ちゃんに通せば良いのかい?」
「うん、今ならボルゲンさんも居ますよ。料金は、リアンナさんに相談してみて」
「わはは、また嬢ちゃんに怒られとるのか? あいつも、変わらんのぅ」
大笑いをする大工と別れ、俺は掃除道具を片付けると、先ほどボルゲンから渡された書状を開いてみた。形式的には国王からの召喚状になっていたが、どうやら神殿の司祭様からの依頼状らしい。
国王が召喚した少年少女達が多すぎて、全員に等しく訓練を受けさせることが難しい。なので神殿にも助力を要請したが、神殿でも手一杯で無理なので、冒険者協会に協力依頼を出した・・・という流れらしい。
「あれ? でも、一人だけ?」
冒険者協会への依頼内容は、『実地訓練の指導教官を1名派遣して欲しい』となっていた。
それで、ボルゲン支部長が俺を推薦した・・と?
「何の仕込みだ?」
俺は不信感たっぷりに眉根を寄せた。
何しろ、ここの冒険者連中には何度も騙されて非道いめにあっている。
またしても胡散臭い感じだが、あの筋肉ダルマは常日頃から毛嫌いしている神殿からの依頼を快く受諾したという話だった。どうも嫌な予感しかしない。
「行くしか無いのか」
俺は依頼書が貼られた掲示板を眺めた。手に取ることはせず、端から端まで一通り読んでおく。どんな素材の採集が、どの程度の依頼で出されているのか、ざっと把握しておくためだ。
行きはともかく、帰り路まで手ぶらというわけにはいかない。旅費を出してもらえる旅路なのだ。少し寄り道してでも稼ぎを増やしておきたい。
「おう、シンっ! 珍しいな、依頼受けるのか?」
声をかけてきたのは、片目に大きな傷が入った禿頭の大男だ。こちらは、顔に似合わず理知的な筋肉である。
「マシッドさん、お久しぶり。依頼帰りですか?」
「ああ、護衛でな。時間ばかり取られて割りは合わんが・・まあ、たまには旅も良かったぜ」
「俺の方は指名依頼です」
俺は経緯をざっと説明した。
「ほう?俺等の他に、お前の名前を知ってる奴がいたのか?」
「はは・・いや、支部長が推薦したんですよ」
「ああ、なるほど!兄貴に擦り付けられたか」
「・・ですよね」
俺は小さく嘆息した。
なお、この理知的な筋肉と、先ほどのウザったい筋肉は実の兄弟である。
「神殿みたいです」
「ああ、祈り屋かぁ・・面倒そうだな。あそこじゃ、酒も呑めんだろう?兄貴が行くわけないぜ」
「・・ほんと、死ねばいいのに」
俺は舌打ちをした。
「わはは、まあそう言ってやるな。兄貴だって、そこまで悪気は無かったんだ、たぶんな。よくは知らないが、ちょっと前に神殿に行って来たんだろう?その辺のつながりで、おまえに指名があったのかもしれないぜ?」
「そうですかね?」
「まあ、可能性は無くは無い・・だろ?」
「・・ですね」
俺は渋い顔のまま、受付に行って女の子から今日までの給金を払って貰った。次はいつ帰って来られるのか分かったもんじゃない。神殿まで駅馬車で10日の道程だ。
「シン君っ!」
不意に呼び止められて顔を向けると、女帝が・・・いや、当協会の実質的な支配者が立っていた。そこに居るだけで、冷え切った刃物のような凄烈な空気が漂う。
館内がどんなに騒がしくなっていても、ぴたりと鎮まり、あらゆる物音が絶える。
「リアンナさん、どうしました?」
この女帝に対して、こんな呑気な声がかけられるのは俺だけらしい。隣で固まっている理知的な筋肉の情報だ。
「持って行きなさい」
そう言って、放って寄越したのは口を紐で絞った革袋だ。
受け取ると、ズシリと重い。
「お金?」
「神殿から預かった支度金よ。協会への依頼手数料は引いてあるわ。それは、貴方の正当な取り分です」
「支度金・・そういうのがあるんですか?」
知らなかった。また、何も知らないまま騙されてしまうところだった。
あの筋肉ダルマ、本当に死ねば良いのに・・。
「指名依頼には必ず支度金が出されます。よく覚えておきなさい」
「はい」
そう、教えない方が悪いんじゃない。知らない奴が悪いのだ。
考え違いをしてはいけない。
ここでは、誰も教えてくれない。
「滞在中の宿賃は神殿持ちですが、食事は自分で支払うことになります。ただ、道中の旅費は請求できますから、きちんと覚えておくのですよ?」
「わかりました」
「向こうへ着いたら、アマンダという女性の神官長を訪ねなさい」
「はい」
「では、当協会の名を汚さぬよう・・」
リアンナが肩越しに後背にある扉へ視線を向けた。小さく隙間が出来ていた木扉がそっと閉じられた。
「しっかり務めてきなさい」
「はい!」
俺は背筋を伸ばして返答した。
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