第4話「サークル」

 あれから数日、大学のオリエンテーション期間は続いていた。

 色々な説明が一気にあって混乱しそうになったが、なんとかメモをとって理解しようとしている僕だった。隣の席の拓海は「ヤバい……俺団吉に訊くことが増えるかも……」と言っていた。まぁたぶん一年生だからこそオリエンテーション期間が長いのだろうし、一気に詰め込もうとするとパンクしそうだなと思った。

 その拓海は高校時代に数学と化学が得意だったらしい。その反面文系科目は苦手で、完全な理系男子だったんだなと思った。大学の講義でも英語やフランス語があると知った拓海は「俺……死ぬかもしれないっつーか……」と弱音を吐いていた。

 そういえばサークルや部活動の説明もあった。これも高校時代の部活動と同じく、入るか入らないかは自由だが、今後のことや交友関係のことを考えると何かに入っておいてもいいのかなと思った。しかし運動系や文化系など幅広く、さすがにすぐ決めるのは難しかった。


「あーマジで頭パンクしそう……団吉はすごいよなー、涼しい顔してるっつーか」


 お昼になり、学食で拓海と一緒にご飯を食べていると、拓海がそんなことを言った。


「いやいや、僕も自分で管理できるかなぁとちょっと心配なところはあるよ」

「マジかー、もっとキャンパスライフってキラキラしているっつーか、そんなイメージあったんだけどなぁ」

「あはは、まぁ何事も無理しないのが一番大事なんじゃないかな」

「そうだなー。あ、そういえばサークルや部活動の説明あったな、団吉は何かに入るのか?」

「うーん、何かに入った方がいいのかなって思ったけど、多すぎて決めきれないというか……」

「――あれ? 団吉くんじゃないかい?」


 その時、僕を呼ぶ声がした。ふと見るとなんとそこには慶太けいた先輩と川倉かわくら先輩がいた。

 慶太先輩というのは、佐久本慶太さくもとけいた。青桜高校の元生徒会長で、僕も生徒会でお世話になった先輩だ。

 川倉先輩というのは、川倉亜香里かわくらあかり。去年オープンキャンパスの時に出会って、色々と案内してくれた先輩だ。ちなみにこの二人は知り合いらしく、慶太先輩は二年生、川倉先輩は三年生ということになる。


「あ、こ、こんにちは、ついに大学でお会いしましたね」

「ああ、ほんとだね、団吉くんとまたこうして会えるなんて、ボクは嬉しいよ。またボクが手取り足取り色々と教えてあげようではな――」

「慶太、あんた本当に気持ち悪いよ。そろそろ私の鉄槌が必要なようだね」

「ええ!? いやはや、亜香里先輩はほんとに厳しいね、このままだとお嫁に行けな――」


 慶太先輩がそこまで言うと、川倉先輩が「うっさい!」と言いながらバシッと叩いていた。ひ、久しぶりに見たなこの二人の漫才のようなやりとり……。


「慶太のことは置いといて、団吉くん久しぶりだねー、合格発表の時会ったけど、またさらに可愛くなったんじゃない?」


 川倉先輩がそう言って僕の頬をツンツンと突いた。か、可愛い……のかな、自分ではよく分からなかった。


「あ、い、いえ、そんな可愛いというわけでは……あはは」

「あはは、そんな謙虚なところも可愛いんだからー。そういえば一年生はオリエンテーション期間だと思うけど、どう? やっていけそう?」

「う、うーん、なかなか難しそうだなと思っていたところです。あと自分でしっかりと管理しないといけないというか」

「うんうん、まぁそのあたりはそのうち慣れると思うよー。私も一年生の頃思い出すなぁ。ドキドキでめっちゃメモしてたよね」

「亜香里先輩は寝てしまって読めない文字を書いてそうだよね」

「うっさい! そんなことするわけないじゃない。あ、こっちの子はお友達?」


 川倉先輩が拓海を見て言った。


「あ、はい、印藤拓海くんといって、初日からよく話してて……」

「そっかそっか、はじめまして、川倉亜香里といいます。理工学部の三年生よ」

「なるほど、団吉くんのお友達か、はじめまして、ボクは文学部二年の佐久本慶太という者だよ」

「あ、は、はじめまして! 印藤拓海です」


 川倉先輩と慶太先輩が、拓海とそれぞれ握手していた。


「へぇ、印藤くんもけっこうカッコいいね。あ、そうだ、せっかく二人いるなら、お誘いしてもいいかなぁ」


 川倉先輩が鞄をガサゴソと漁っている。何かあるのだろうか。


「二人ともサークルに入るつもりないかな? 実は私と慶太はこの『写真研究会』っていうサークルに入っていてねー、もしよかったら二人もどうかなと思って」


 川倉先輩がそう言ってパンフレットのような紙を渡してきた。そこにはどこかの森林だろうか、緑が綺麗な写真と、大学の近くで撮られたと思われる写真が載っていた。


「お、おお、すごく雰囲気がいい写真ですね」

「あはは、ありがとー、こんな感じで街の風景とか、自然の風景とか、色々なものを撮ってるんだよねー。まぁ、メンバーはそんなにいないんだけど……ブツブツ」


 川倉先輩が何かブツブツ言っていたが、最後の方が聞き取れなかった。


「な、なるほど、ちょうど拓海とサークルの話をしていたところで。ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

「うんうん、期限があるわけでもないからねー、じっくり考えてみて。まぁ、何かサークルに入って活動しておいた方が、就職活動の時も話すことができるし、有利だとは思うけどねー」

「な、なるほど……」


 そうか、大学生となると、就職のことも考えないといけないのか。なかなか大変だなと思った。


「私たちはそこに書いてある研究棟によくいるからさ、もし興味が出たら来てね」

「うんうん、団吉くんも拓海くんも、ぜひ考えてくれたまえ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 川倉先輩と慶太先輩が手を振りながら学食を出て行った。


「な、なんかタイムリーな話題っつーか、まさかのタイミングっつーか」

「そ、そうだね、写真研究会か……」


 僕と拓海が川倉先輩にもらったパンフレットを見ながら話していた。サークルか……あの二人がいるなら安心……なのかな、前向きに考えてもいいのかなと思った。

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