第112話「突然の出会い」

 火曜日、僕はいつも通り大学に来て講義を受けた。

 何度も言っているように、一月は後期の試験がある。なんとかしっかりと勉強も頑張りたいところだ。

 学食で拓海と昼ご飯を食べた。拓海は午後からもう一つ講義があるとのことで、理工学部の第三号館の方へ行った。僕は午後は空いているからどうしようかなと思いながら、研究棟の方へ歩いて来た。そうだ、しばらく部室で本を読むのもいいな、そんなことを考えていたその時、研究棟の前にあるベンチに誰かが座っているのが見えた。


(……あれ? あんなところに人がいる……って、まぁベンチだから座っている人もいるか)


 そう思いながらその人の前を通って研究棟に入ろうとした時、ぐすん、ぐすんと、その人から泣いているような声が聞こえてきた。あ、あれ? 泣いているのか……? その人をよく見ると、金髪の長い髪を一つにまとめているようだ。下を向いているので表情は見えない。金髪というと絵菜を思い出すが、まぁ大学も自由だし金髪の人がいてもおかしくないよなと思った。

 どうしよう、声をかけるべきなのだろうか……でも通りすがりの僕なんかが声をかけていいのだろうか……と頭の中でぐるぐると考えていたその時、その人が顔を上げて目が合った。


「……あ」


 思わず声が出てしまった。その人は女性なのだが、目の彫りが深い感じでぱっちりと大きく、鼻もシュッとしていて高く、唇がぷるんとピンク色をしていた。日本人ではないような感じなのだ。

 え、あ、あれ? 日本人ではない……のか? 目が合ったその人はじっと僕のことを見て来る。やはり泣いていたようで目が赤い。どうすればいいのか分からずにぼーっとしていると、


『……ハロー』


 と、話しかけられた。あ、え、英語か、僕は慌てて頭を英語モードにする。


『……あ、こ、こんにちは、あの、どうかしましたか……?』


 僕が英語でそう話しかけると、その人はパァッと表情が明るくなって、


『……あなた、英語ができるのね! ごめんなさい、ちょっと寂しくなって泣いてしまって……』


 と、言った。


『あ、そ、そうですか、あの、すみません、ここの学生ですか……?』

『あ、うん、私、エレノア・クルスっていうの。文学部の一年生。留学で日本に来たんだけど……』


 その人……エレノアさんはそこまで話して、また目に涙を浮かべていた。


『あ、ああ、あの、すみません、こ、ここで話すのも何なので、よかったら僕のサークルの部室に来ませんか?』

『……あ、うん』


 エレノアさんは小さく頷いて、僕の右手をきゅっと握ってきた。


『え!? あ、そ、その……こちらです』


 僕はエレノアさんの手を引いて、部室に行くことにした……って、あれ? これでよかったのだろうか……。



 * * *



 部室に入って、エレノアさんに椅子に座ってもらった。まぁ、手をずっと離してくれなかったので、僕も隣に座ることになったのだが。


『……す、すみません、急に連れてきたりして』

『……ううん、ありがとう』


 そう言ってエレノアさんはぐすんと目の涙を拭いた。そうだ……と思って僕は持っていたハンカチをエレノアさんに差し出した。


『よかったら、使ってください』

『……ありがとう、あなた優しいね、名前何ていうの?』


 あ、そうだ、エレノアさんは自己紹介したのに、僕は何も言わないままだった。慌てて自己紹介をする。


『あ、僕は日車団吉といいます。理工学部の一年生です』

『そっか、ダンキチさんか……あ、私ちょっと日本語できる。まだ勉強中だけど……』


 エレノアさんが「ダンキチ、はじめまして」と日本語で言った。


「あ、は、はじめまして……あの、訊いていいのか分からないですが、どうして泣いていたのですか……?」

「……わたし、九月から、だいがくきた。でも、うまく、なじめなくて、ともだちいなくて、ひとりで、パパとママ、思い出して、こいしくなって……」


 エレノアさんがぽつぽつと話してくれた。な、なるほど、日本の大学に来てうまくなじめなかったのか。異国の地で大変な思いをしているのかもしれないなと思った。


「そうだったんですね……出身はどちらの国ですか?」

「……アメリカ。わたし、いなかでそだった。日本がすきで、いきたくて、でも、日本のひと、わたしを、さけてる……」


 エレノアさんがそう言ってまた涙を拭いた。そういえば文学部だと言っていたな、語学留学みたいな感じだろうか。うちの大学は留学生もいるのは知っていたが、こうして留学生の人と話すのは初めてだ。そうか、みんなに避けられている感じがしたのか。


「あ、だ、大丈夫ですよ、みんながみんな避けているわけではないですよ。ほら、僕は避けてないですし、よ、よかったら、お友達になりませんか?」


 そこまで話して、僕はハッとした。い、いきなり何を言っているんだろう僕は。突然出会ったわけのわからない日本人にこんなこと言われたら迷惑だよな……と思っていたら、


「……と、ともだち……? ほんと?」


 と、エレノアさんは僕の目をじっと見て話しかけてきた。目鼻立ちが整っていて綺麗だよな……まるでジェシカさんみたいだ……って、ぼ、僕は何を考えているのだろう。


「は、はい、僕なんかでよかったら……ですが」

「……ありがとう! ダンキチ!」


 急にパァッと明るくなったエレノアさんが、いきなり僕に抱きついてきた……って、え、えええ!? あわわわ、お、落ち着こう、これはスキンシップかもしれない……国が違うとスキンシップも違うよな……って、それで済ませていいことではない。そんなことを考えていたその時――


「はーい、お疲れさまー! ……って、あれ?」


 部室のドアが開いて元気な声が聞こえてきた。川倉先輩だった。


「……あれあれ? 団吉くん、何して……あ! まさか誰もいない部室に女性連れ込んで、あんなことやこんなことしてる!?」

「ええ!? い、いや、違います! こ、これはその……な、なんて説明したらいいんだろう……」

「……ダンキチ、だれ?」


 僕に抱きついたままエレノアさんが不思議そうな声を出した。ま、まずいまずい! これはちゃんと説明しないと、川倉先輩に勘違いされる……! 頭の中で必死にこれまでのことを思い出していた僕だった。

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