第111話「右手の指輪」

 団吉のお父さんのお墓参りに行った次の日、冬休みが終わって今日から専門学校が始まる。

 団吉も大学が今日からと言っていた。また頑張ろうと励まし合った。団吉も頑張っていると思うと、私も頑張れそうな気がした。

 いつものように授業を受ける。しばらくは試験もないのでのんびりしているが、学ぶことはまだまだ多い。私も油断しないようにしないといけないなと思っていた。


「ふー、午前中が終わったねー、久しぶりでちょっと疲れちゃったなー」


 私の隣で春奈が伸びをしながら言った。たしかに久しぶりに授業を受けると疲れてしまったかもしれない。


「ああ、ちょっと疲れたかも」

「でしょー? まぁでも頑張っていきますかー、今日はみんなお弁当?」

「あ、私はお弁当」

「……わ、私も」

「よし、じゃあ一番上に行って食べようかー! お腹空いちゃったー」


 いつものように春奈を先頭にして、私と佑香も続いてエレベーターに乗って最上階へ行く。うちの学校は最上階にかなり広い休憩スペースがある。私たちはよくそこでお昼を食べていた。


「なんとか座れたねー、食べよ食べよー、いただきまーす!」

「ああ、いただきます」

「……いただきます」


 のんびりと昼ご飯を食べる。そういえば高校生の頃は団吉たちと学食でご飯を食べていたなと、ふと思い出した。


「絵菜のお弁当も美味しそうだねー、自分で作ってるのー?」

「あ、いや、私は料理がヘタだから、作れない……今日は真菜が作ってくれた」

「ええー! 真菜ちゃん料理できるんだねー! すごーい! 高校生なのにしっかりしてるなぁ」


 春奈が笑顔で私のお弁当を見てきた。うーん、以前お弁当を作ったこともあるのだが、まだ一人ではどうしていいのか分からない……って、それもよくないよな、真菜に習って練習したいなと思った。


「でも、私も料理ができないなんて言っていられない……団吉にも美味しいもの食べてもらいたいし」

「あははっ、そーだよね、団吉さんも絵菜が作ってくれたら喜ぶと思うよー!」

「……うん、喜ぶと思う」

「あ、そ、そっか、うん、真菜に習わないとなと思ってる」


 私には団吉と一緒に暮らすという夢がある。その時には私も料理をしないといけないのだ。なんとかそれまでにはある程度はできるようになりたい。団吉と一緒なら頑張れる……はず。


「うんうん、ちょっとずつねー……って、あ、ふふふふふ、私すごいことに気づいちゃったー!」


 そう言って春奈がニコニコしている。ん? すごいことってなんだろうか?


「ん? すごいこと?」

「うん、絵菜の右手に光るそれは、もしかして、指輪なんじゃないの!?」


 春奈が私の右手をとった……って、あ、も、もうバレたのか。そう、団吉に買ってもらったペアリングをつけていたのだ。まぁそのうちバレるよなと思っていたが、こんなに早く気付かれるとは。


「あ、う、うん……」

「あははっ、いいないいなー! あ、もしかして、団吉さんとお揃いってやつなんじゃないの!?」

「あ、うん、お揃い……団吉にクリスマスプレゼントでもらった……って、は、恥ずかしいな……」

「わーわー! いいないいなー! ペアリングってやつかー! うわー絵菜がまぶしい、まぶしいよー!」

「……絵菜、いいな……」

「あ、いや、まぁ、そうなんだけど、は、恥ずかしい……」


 春奈が私の手をとってびょんぴょんしている。佑香はじーっと私の右手を見て来る。う、うう、恥ずかしい……。


「そっかー、二人の愛の証なんだねー、いいなぁ、私も彼氏がほしいなぁー!」

「ま、まぁ、春奈も可愛いからそのうちいい人が――」

「――あれ? みんないる! なんか盛り上がってたみたいだね」


 ふと声をかけられたので見ると、小寺がいた。


「あ! 小寺、見て見て、絵菜の右手に光り輝く指輪が!」


 そう言って春奈が私の手を小寺に見せた。


「お? おお、指輪か! そっか、そういえば沢井さんは彼氏さんがいるって言ってたね! もしかして、ペアリングってやつ?」

「あ、ああ、そうなんだけど、も、もうこの話題やめにしないか……」

「あはは、いいじゃないか、二人の愛の証ってやつだね!」

「ま、まぁ、春奈と一緒のこと言わなくていいから……」


 春奈と小寺がニコニコで私のことを見て来る……う、うう、やっぱり恥ずかしい……。


「あはは、沢井さん、そんなに恥ずかしがらなくていいよ。あ、みんなあけましておめでとうだね! 冬休みは楽しめた?」

「あ、そうだ、あけましておめでとうって言うの忘れてた、そうだね、私もけっこう楽しく過ごせたかなー」

「あ、ああ、あけましておめでとう、私も楽しかった」

「……わ、私も……楽しく……」


 小寺がやって来たことによって、ますます声が小さくなる佑香だった。少し顔も赤くなっているだろうか。それでも小寺は気づいてなさそうだな……というのは小寺に失礼だろうか。


「そっかそっか、よかったよ。あ、鍵山さんからはあけおめRINEもらってたね! ありがとう、嬉しかったよ」

「……あ、い、いや、私も……ありがとう……」


 笑顔の小寺に、なかなか目を見ることができない佑香だった。なんとか頑張ってほしいのだが、この二人はもう少し時間が必要かな……と私は思っていた。


「……なーんか、絵菜には団吉さんがいるし、佑香と小寺は仲良くやってるし、私だけ彼氏も仲の良い男友達もいない感じがするなー、くそー、うらやましいなぁ」

「お、池内さんも寂しいのか! 大丈夫だよ、池内さんにも俺みたいないい人が現れるよ!」

「お、俺みたいなっていうのが余計だけど、ま、まぁそのうちに……って、なんかバカにされた気がするー! くそー小寺め、調子に乗りやがってー!」

「ガーン! な、なんで俺怒られてるの!? お、思ったこと言っただけなんだけど!?」


 春奈が小寺をポカポカと叩いている。その光景が面白くて私と佑香はつい笑ってしまった。

 それにしても、春奈も佑香も、以前のように小寺を警戒して冷たい態度をとらなくなって、本当によかった。佑香の気持ちを伝えるのはまだまだ先なのかもしれないが、少しずつ距離を縮めることができれば、小寺も分かってくれるのではないかと、私は思っていた。

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