第113話「エレノア」

「なるほどねぇー、そんなことがあったんだねー」


 川倉先輩がうんうんと頷いている。あれからサークルメンバーが集まったので、エレノアさんのことを話した。研究棟の前で泣いていたこと、日本に留学してきたけど、大学になじめずに一人になっていたこと、母国のお父さんやお母さんのことを思い出してしまったこと。


「ふむふむ、つまりエレノアさんが一人で泣いていたところをたまたま団吉くんが通りかかって、話しているうちに意気投合したと……さすが優しい団吉くんだね! ボクが見込んだ男だよ」

「え!? な、なんかニュアンスが合っているのか合っていないのか分かりませんが、ま、まぁそんな感じで……あはは」

「あらまぁ、ふふふ、団吉さんは優しいですね、でもそうじゃないと団吉さんらしくないですね」

「ま、まぁ、エレノアさんも一人だったみたいで、僕はどうしても自分のことを思い出して、気になったというか……」


 そう、以前は僕も一人だったのだ。一人の寂しさはよく分かる。しかもエレノアさんは異国の地に来ているのだ。そのまま黙って見過ごすわけにはいかなかった……って、こういうところが優しいと言われる要因なのだろうか。


「まぁ、いいじゃんか。団吉のおかげでエレノアさんは一人にならずに済んだんだ。団吉も胸張っていいと思うぞ」

「そ、そうかな、なんかよく分からないけど、恥ずかしいな……」


 僕たちは話している……のだが、エレノアさんは何も言わなかった。というより、日本語の会話について来ていない気がした。そういえば日本語は勉強中って言っていたな。もしかしたらまだうまく聞き取れないのかもしれない。


『あ、エレノアさん、日本語が難しい?』


 僕は英語でエレノアさんに話しかけた。


『あ、ご、ごめん、ちょっと難しくてついていけなかった……でも、大丈夫』


 エレノアさんは英語でそう言った後、


「ダンキチ、ありがとう」


 と、日本語で笑顔で言った。笑顔も美人だな……って、ぼ、僕は何を考えているのだろう。


「い、いえいえ、大したことはしてないので……」

「ふふふ、団吉さんが赤くなっています、可愛いですね。それに、エレノアさんの味方は団吉さんだけじゃないですよ」


 成瀬先輩がエレノアさんの手をとって、話を続けた。


「エレノアさん、はじめまして、成瀬蓮といいます」

「……あ、ハス? ハス! はじめまして、エレノアです」

「ふふふ、綺麗な顔してますね、笑顔も可愛いです。そうだ、みなさんエレノアさんに自己紹介しませんか?」


 成瀬先輩がそう言うと、川倉先輩、慶太先輩、拓海がそれぞれ自己紹介をしていた。エレノアさんは笑顔で、


「ハス、アカリ、ケイタ、タクミ、ありがとう。わたし、ゆうき、出た」


 と、言った。


「うんうん、それにしてもエレノアちゃん、顔が整っていて綺麗だねぇー、エレノアちゃんはどこ出身なの?」

「あ、アメリカ。わたし、いなかから来た」

「そっかそっかー、さて、そんなエレノアちゃんとの出会いは偶然だったとしても、私はちょーっと考えていることがあるんだけどねー」

「あ、亜香里さん、俺もたぶん同じこと考えてた」

「そうだね、亜香里先輩、ボクも同じこと考えてたよ!」

「ふふふ、みなさん考えることは一緒のようですね!」


 みんながニコニコしながらエレノアさんを見つめる。考えていること? なんだろうか?


「ふっふっふ、考えることはみんな一緒ということで、エレノアちゃん、うちのサークルに入らない?」


 川倉先輩がエレノアさんの手をとって、ゆっくりと話した。エレノアさんは「さ、サークル……?」と、よく分かっていないようだった。


「そうそう、ここの壁見てもらうと分かるんだけど、うちは写真を撮るサークルでね、色んなところで写真を撮っているんだよー」

「ああ、エレノアさん、これを見てくれたまえ! これはボクが撮った幻想的な写真だよ!」

「……あ、す、すごい。しゃしん、すき」

「あらまぁ、ふふふ、写真が好きなら問題ないですね、どうでしょう、一緒に写真を撮りませんか?」


 慶太先輩も成瀬先輩も笑顔でエレノアさんを見つめる。


「……あ、う、うん、しゃしん、とりたい」

「よっしゃー! じゃあ我が写真研究会、六人目のメンバーってことで! エレノアちゃん、よろしく!」


 川倉先輩が笑顔でそう言った。そうか、偶然の出会いとはいえ、うちのサークルに入れば、エレノアさんも一人にならず少しは元気が出るかなと思った。


『エレノアさん、日本語についていけてる? サークルに入ることになるけど』


 僕は気になったので英語でエレノアさんに話しかけた。


『う、うん、大丈夫。みんな優しい……みんなと一緒にいたい。それに』


 エレノアさんがそう英語で話した……と思ったら、また僕に抱きついて来た。


「ダンキチ、ありがとう、だいすき!」


 ああ、なるほど僕のことが大好き……って、えええ!? だ、だだだ大好き!? そ、それは……。


「おおー、団吉くん、エレノアちゃんに好かれちゃったねー、これは絵菜ちゃんも今頃くしゃみしてるんじゃないかなー」

「あはは、団吉、沢井さんに怒られないようにな」

「ええ!? い、いや、その、好きにも形が色々あると思うんだけど、な、なんて言えばいいんだろう……」


 ぎゅっと抱きついて来たエレノアさんからふわっといいにおいがする……はい神様、僕は変態確定です。捕まえてください。


「あはは、団吉くん、エレノアさんなりのスキンシップだ、絵菜さんには内緒にしておくから、エレノアさんのことは許してやってくれたまえ!」

「ふふふ、団吉さん顔が真っ赤で可愛いですね。あ、そうだ、文学部ということは私や慶太くんの後輩ですね、分からないことがあったら教えますよ」

「ほんと? ハス、ケイタ、だいすき!」


 今度は成瀬先輩と慶太先輩に抱きつくエレノアさんだった。やはりスキンシップが半端ない……え、絵菜に見られたら大変なことになりそうだけど……。


「よっしゃ、エレノアちゃんも加わったところで、新生写真研究会が今日からスタートするよー! みんな頑張っていこうねー!」


 川倉先輩がそう言うと、みんな「おー!」と声を上げた。

 たしかにエレノアさんとの出会いは偶然だ。でも、一人でいることを見過ごせなかった僕。そして受け入れてくれたサークルメンバー。みんなの優しさがエレノアさんを救ったような気がして、僕は嬉しい気持ちになっていた。

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