第114話「エール」
週末の金曜日、僕はバイトに入って頑張った後、家に帰ってきた。
あれからエレノアさんは毎日のように部室に来ている。僕は毎日行けるわけではないが、行ける時は行こうと思っていた。成瀬先輩や慶太先輩に勉強やレポートのことなどを教えてもらっていたらしい。エレノアさんも楽しそうで、よかったなと思った。
でも本当に、遠い異国の地で一人頑張っているのだ。一人暮らしって寂しいのかなとぼんやりと考えていた僕だったが、エレノアさんはそれ以上の環境にいる。僕も負けないように頑張ろうと、ひっそりと気合いを入れていた。
ピロローン。
部屋でのんびりしていると、スマホが鳴った。RINEが送られて来たみたいだ。
『日車先輩、お久しぶりです。今お時間ありますか?』
送ってきたのは天野くんだった。そういえば学園祭で会って以来か、久しぶりだなと思って、僕もRINEを送る。
『お久しぶり、うん、大丈夫だよ。どうかした?』
『すみません、橋爪さんがどうしても共通テストの前に日車先輩と話したいと言っていて……グループ通話しても大丈夫でしょうか?』
なるほど、そういえば明日明後日は大学入学共通テストだ。僕も去年受けたことを思い出す。あの時は母さんが倒れてしまって、母さんのことを思いながらいつも以上の力を発揮できたのだった。
天野くんと橋爪さんもこれまで頑張ってきたのだろう。エールを送りたいなと思ったので、
『うん、いいよ』
と、返事を送った。しばらくして天野くんから通話がかかってきた。僕はそれに出る。
「もしもし、こんばんは」
「もしもし、あ、日車先輩こんばんは。すみません急に通話とか言い出して」
「もしもし、こんばんはー! 日車先輩お久しぶりです! な、なんか通話というのも新鮮ですね!」
天野くんと橋爪さんの声が聞こえてきた。二人とも明日明後日が本番だ。緊張してないかなと思った。
「いえいえ、二人とも明日明後日共通テストだね、緊張してない?」
「そ、それが僕はけっこう緊張していて……これで失敗すると、桐西大学を受けることができなくなってしまうので……」
「わ、私も同じです……さっき必死に単語を見直していました。わ、私にできるのかなって……」
そうか、二人とも緊張しているのか。まぁでもそれが普通だよなと思った。僕も前日はみんなとRINEしたなと思い出した。
「そっか、うん、緊張する気持ち分かるよ。でも、二人ともこれまで頑張ってきたから、絶対大丈夫だよ。あとはこの後ゆっくり寝て、体調を整えてね」
「あ、ありがとうございます! 明日明後日頑張って、その後の試験でも頑張って、なんとか日車先輩の後輩になりたいので……」
「私もです! 日車先輩の後輩になって、日車先輩と同じキャンパスライフを送るのが夢なので! 絶対に合格してみせます!」
「うんうん、その気持ちがあれば大丈夫だよ。二人が後輩になってくれると、僕も嬉しいよ。ここで約束しよう」
僕がそう言うと、橋爪さんが元気よく「おー!」と言った。天野くんは恥ずかしかったかな。
「ああー、毎日日車先輩の後輩になることを想像しています! 同じキャンパスで、あんなことやこんなことがあって……キャー! ほんと頑張らないと!」
相変わらずテンションの高い橋爪さんだった。
「あ、あんなことやこんなことっていうのが気になるけど、ま、まぁいいか。さっきも言ったけど、二人ともこの後は身体を休めてね。体調悪くて本番に力が発揮できないとかなったらダメだから。僕も北川先生に言われたよ」
「そうですね、あとはもうゆっくりしたいと思います。日車先輩、ありがとうございます!」
「私もそうしますー! 日車先輩、ありがとうございます! ああ、お風呂に入っていなかったので、このへんで!」
「あ、うん、じゃあ二人とも明日明後日、頑張ってね」
僕たちは「おやすみなさい」と言って通話を終了した。うん、二人とも頑張ってほしい。なんとか伝わったかな……と思っていると、またスマホが鳴った。今度は絵菜がRINEを送ってきた。
『団吉、何かしてた?』
『こんばんは、さっき天野くんと橋爪さんと話していてね、二人とも明日明後日共通テストだから、エールを送っていたところだよ』
『そっか、あの二人もテストか。そういえば団吉の後輩になるかもしれないんだっけ?』
『うん、二人ともうちの大学受けたいらしくて。この後はゆっくり休んでねと伝えておいたよ』
『そうだな、休むことも大事……あ、ごめん、ちょっと気になったことがあるんだけど……』
絵菜がそんなことを言った。気になったこと? 何だろうか?
『ん? どうかした?』
『あ、その……団吉に近づいている女性がいるような気がして……橋爪じゃなくて』
ん? 僕に近づいている女性……? そんな人はいな――
『……あ、もしかして、サークルに新しく入った人かな……実は留学生の女性が入ってね』
『そ、そっか、ごめん、また変なこと訊いてしまった……』
『ううん、いいんだけど、やっぱり絵菜は勘が鋭いね……』
『うん、私、団吉のことはすぐ分かるから。留学生ってことは、外国の人なんだよな……?』
『うん、アメリカ出身のエレノアさんという女性だね、日本語も少し話せるよ……って、な、何もないからね?』
まさか手をつながれたり、抱きつかれたなんて口が裂けても言えなかった。
『うん、誰が来ても、団吉は渡さないから……あ、これもわがままなのかな……』
『ううん、そんなことないよ。僕も絵菜を他の人に渡すことなんてしないから……って、僕も同じなのかもしれないね』
絵菜とRINEのやりとりをして、ちょっとクスッと笑ってしまった。そして指輪をしまっているボックスを取り出した。うん、これがあるおかげで絵菜と離れていても絵菜のことを想うことができるような気がした。
『ありがと。あ、ごめん、真菜がお風呂に入っていいよって言ってるので、入ってくる』
『うん、じゃあまたね、おやすみ』
絵菜とのやりとりを終えて、僕はうーんと背伸びをした。それにしても絵菜は本当に勘が鋭い。真菜ちゃんがお姉ちゃんに嘘がつけないと言っていたのも分かるなと思った。
そして、天野くんと橋爪さんは共通テストだ。二人とも頑張ってほしいと、もう一度思っていた僕だった。
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