第115話「後期試験」

 今日から大学は後期試験に入る。

 試験は前期の時と同じく一週間行われる。また期間が長いが、僕はこれまで真面目に準備をしてきたつもりだ。しっかりといい点をとって無事に二年生になりたい。その思いは強かった。

 大学へ行くと、拓海が先に来ていたようで僕を見つけて手を挙げた。


「おはよー、ついに試験だなぁ、勉強してたか?」

「おはよう、うん、一応自分なりに頑張ってきたつもりだけど、どうなるかな」

「さすが団吉だな、俺も頑張ってきたけど、前期の時と同じくなんか緊張するっつーか」

「ほんとだね、でもこれを乗り越えれば、僕たちも二年生だね」

「そうだなー、なんとか頑張るかー。あ、アレやっておかないか?」


 拓海がそう言って右手を出してきたので、僕はグータッチをした。よし、これで頑張れそうな気がする。僕は気合いを入れていた。



 * * *



「いやー、みんなお疲れさまー! 無事に後期試験も終了したということで、よかったねー!」


 居酒屋で川倉先輩の声が響く。あれから一週間後、試験の最終日に僕たちサークルメンバーは『酒処 八神』に集まった。前期試験の時と同じく試験お疲れさま会をやろうと話していたのだ。そして今回はいつものメンバーに加えてもう一人――


「ダンキチ、ここ、おさけのむとこ?」


 そう、エレノアさんがいるのだ。もちろんサークルメンバーなので一緒に来てもらった。居酒屋というのが初めてなのか、エレノアさんはキョロキョロと辺りを見回していた。


「あ、はい、ここが居酒屋というところです。お酒が呑めるところですね」

「そっか、あ、ダンキチ、わたし、ねんれいいっしょ、タメ口でいい」


 お、おお、タメ口という言葉も知っているのか。ちょっとびっくりしたが、エレノアさんがそう言うのだ。敬語で話すのはやめようと思った。


「あ、わ、分かった、じゃあタメ口にするね」

「うん、そっちがいい」

「あはは、エレノアちゃんはすっかり団吉くんにくっついちゃったねー、絵菜ちゃんに怒られない程度にね」

「え!? あ、そ、そうですね、大丈夫です……あはは」

「よし、それでは乾杯をしようではないか! 亜香里先輩、いつものように一言お願いできるかい?」

「よっしゃ! それではみなさん、後期試験もお疲れさまでした。これで無事にみんなが進級できることを祈って、今日はじゃんじゃん呑みましょう! そしてそして、今日はエレノアちゃんの歓迎会もかねてということで! 乾杯!」


 川倉先輩がそう言って、みんな「かんぱーい!」と言ってグラスを当てた。


「かんぱい、かんぱい、おぼえた」

「あはは、エレノアさんもまだ未成年だからジュースだね」

「うん、ダンキチとタクミもいっしょ、わたし、うれしい」

「あはは、俺らがお酒が呑めるのはもうちょい先だな、エレノアさん、これ鶏の唐揚げだから、食べてみて」

「うん、いただきます……あ、おいしい」

「そっか、よかったよかった、僕もいただこうかな」

「みんな頑張ったみてぇだな! そっちにいる子は外国の子かい? なんか不思議な感じするな!」


 大将が料理を持って来て、エレノアさんを見て言った。


「あ、そうですー! うちに新しく入ったエレノアちゃんです! 可愛いでしょー」

「おう、なんか可愛らしいな! はじめまして、八神宗吉といいます」

「あ、は、はじめまして、わたしエレノア・クルス。ソウキチ、おぼえた」

「あっはっは、エレノアちゃんか、こんな外国の子に名前呼ばれる日が来るなんてな! びっくりだ!」


 大将が豪快に笑う。エレノアさんも笑顔になった。


「ぷはーっ、お酒美味しい~、やっぱりこの瞬間のために頑張ってる気がするね~」


 ぐいっとビールを呑んだ川倉先輩が、次は焼酎に手をつけようとしている……って、その前にさっきからおとなしい人がいる。その人はもちろん――


「あ、成瀬先輩、呑んでますか?」

「ふふふ~、もちろんよ~、団吉くんがエレノアちゃんばっか見とうけん、私寂しか~」

「え!? い、いえ、そんなことは……って、ち、近――」


 僕の左隣に座っていた成瀬先輩がぐいぐいと距離を詰めて来る。お酒のにおいの奥にふわっといいにおいが……はい神様、そろそろ捕まるべきではないでしょうか。


「まったく、蓮さんは相変わらずだね、団吉くんすまないね、許してやってくれたまえ」

「あ、は、はい、大丈夫です……あはは」

「拓海く~ん、私もう酔っちゃった~、なんか寂しいなぁ~」

「ええ!? あ、亜香里さん落ち着いて……帰り一緒に帰るから」


 いつものように川倉先輩は拓海に絡んでいた。ま、まぁ、楽しいからよしとしよう。


「ダンキチ、ハスとアカリはよっぱらっているの?」


 僕の右隣で川倉先輩と成瀬先輩を見ていたエレノアさんが不思議そうな顔をしていた。


「あ、う、うん、いつもこんな感じなんだ……二人ともお酒よく呑むよ」

「そっか、パパも、よくおさけのんでた。たのしそうだった」

「そっか、エレノアさんのお父さんもお酒好きなんだね」

「うん、ダンキチのパパは?」

「あ、僕の父さんも好きだったよ。まぁ、僕が小さい頃の記憶なんだけどね」

「……え? どういうこと?」

「あ、僕の父さんは、病気で亡くなってしまってね」

「なくなる、なくなる……あ、もしかして」


 エレノアさんがちょっと悲しそうな顔をして、


『ご、ごめん、なくなるって亡くなるって意味だよね、私、変なこと訊いちゃった……』


 と、英語で話した。


「い、いや、大丈夫だよ、気にしないで」


 悲しそうな顔をするエレノアさんを、慌ててフォローする僕だった。


「ふふふ~、団吉くんやっぱりエレノアちゃんばっか見とうね~、私のことはどうでもよかっちゃろ~」

「え!? い、いえ、そんなことはないですよ、まだ慣れてないかなと気になっただけで……あはは」

「あはは~、でも、エレノアちゃんが入ってくれたから、うちも男性女性のバランスがちょうどよくなったね~、よきかなよきかな!」


 川倉先輩があははと笑いながら言った。たしかにこれで男性三人、女性三人だ。ちょうどいいなと思った。


「ああ、ほんとだね、エレノアさん、楽しんでるかい?」

「うん、これおいしい、もっとたべたい」


 そう言ってパクパクと鶏の唐揚げを食べるエレノアさんだった。この場も楽しんでくれているようで、よかったなと思った。

 そんな感じで、いつものように盛り上がった僕たちだった。試験も終わったし、後は春休みか。ちょっとはゆっくりできるかなと思っていた僕だった。

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