第45話「選挙」

 夏本番になってきたというような青空の日が続いていた。

 今日は日曜日。そういえば舞衣子ちゃんは今日が引っ越しの日だと言っていた。先週は家庭のことで忙しかったのだろう、舞衣子ちゃんがバイトに来るのは少なかった。まぁ店長にも話していたみたいだし、落ち着いてからまた頑張ればいいと思う。

 そして今日、僕はなんと初めて選挙に行くことにしていた。十八歳から選挙権があるようになってからどのくらい経っただろうか。これまで政治のことはなんとなくニュース等で見ていたくらいなのだが、今回は自分が投票に行くということで、各党や立候補者の政策をネット等で調べていた。なんとなく分かったような分からないような、でも大人になっているんだなと思った。

 日向はもちろんまだ選挙権はないので、今日は母さんと二人で公民館まで出かけることにしている。母さんと二人で出かけるというのはいつ以来だろうか、ちょっと思い出せなかった。


「お兄ちゃんも一票を投じてくるんだねー、なんか大人って感じ!」


 日向がみるくと遊びながら言った。


「うん、なんか自分でもちょっと信じられないんだけど、これも大人の第一歩なのかなと思うよ」

「ふふふ、そうね、団吉もそんな歳になったんだもんねー、お母さん嬉しいわ。自分が歳とるのは嫌だけどねー」

「ま、まぁ、それは仕方ないんじゃないかな……あはは」


 朝ご飯を食べて、片づけをしてから母さんと二人で出かけることにした。日向が「いってらっしゃーい」と言っていた。


「ふふふ、団吉と二人で出かけるなんて、最近はほとんどなかったわね」

「あ、そうだね、ちょっと前のことが思い出せないんだけど、かなり前なのかな……」

「そうかもしれないわね。団吉と二人といえば、団吉がまだ小さかった頃に二人で遠くへお買い物に出かけたのを思い出すわ。団吉は言うことをちゃんと聞くいい子だったけど、その時はおもちゃがほしいってお店で泣き叫んでねー」

「あ、ちょっと覚えてるかも。その前に父さんがブロックのおもちゃを買ってくれたから、そのシリーズがほしいとか言ってたような」

「そうそう、全然泣き止まなかったから、結局買ってあげたんだけど、お母さんもちょっと甘かったかしら」


 母さんがふふふと笑った。たしかにおもちゃがほしいと泣いた、そんな記憶もある。親というのは子のことをよく覚えているのだなと思った。

 そんな話をしながら歩いて行くと、公民館に着いた。他にも何人か選挙に来た人がいるみたいだ。

 なるほど、公民館はシートが敷いてあって土足で上がっていいのか。鉛筆をとって、持っていたハガキを渡すと、投票用紙をもらった。あ、あれはニュースで見たことがある、投票記載台だ。僕もそこに行って、目の前に書かれていた候補者一覧の中から選んで名前を書いた。そして投票しようとすると、「あ、すみません、半分に折ってもらえますか」と言われた。な、なるほど、そういうことか。半分に折って、投票箱の中に入れる。なんか思っていたよりもあっさり終わってしまった。


「団吉も終わったのね、お疲れさま」


 先に終わっていた母さんが僕を待ってくれていた。


「あ、うん、終わった。なんか思っていたよりもあっさりしてるなと思ってしまったよ」

「ふふふ、そんなもんよ。たった一票かもしれないけど、されど一票だからね。団吉の一票で救われる人がいるはずだわ」

「な、なるほど……そんなもんなのかな」

「そうよ。あ、絵菜ちゃんは選挙に行ったかしら、うちと絵菜ちゃんの家はたぶん投票所が違うんじゃないかしら」

「ああ、そっか、帰ったら訊いてみようかな」


 母さんと家に帰る。「ただいまー」と言うと、パタパタと足音を立てて日向がやって来た。足元にはみるくもいる。


「おかえりー、お兄ちゃん初めての選挙はどうだった?」

「あ、なんか思っていたよりもあっさりしてたかな……そういえば日向も来年は十八歳だから選挙権があるな」

「そうだねー、なんか政治とか全然分かんないけど、もうちょっと勉強しておくべきなのかな」

「お、おう、勉強はした方がいいと思うぞ。そういえばこの前のテストの結果は――」

「お、お兄ちゃん! その話はやめよう! あああ思い出してしまった……」

「な、なんかあまりよくなかったみたいだな……また教えてやるからな」

「う、ううー、お兄ちゃんが勉強しろって言う……アホー」


 ぶーぶー文句を言う日向だった。それはいいとして、僕は足元をすりすりしていたみるくをなでて、絵菜にRINEを送ってみることにした。


『こんにちは、さっき選挙に行ってきたよ。絵菜は行った?』


 しばらく待っていると、絵菜から返事が来た。


『あ、うん、母さんと行ってきた。なんか初めてでよく分からなくて、そんなんでもいいのかなって思ってしまった』

『僕も一応候補者の政策は見たんだけどね、同じようで違うところがあって、なんだか難しかったな……』

『そっか、団吉でも難しいなら、私なんて分かるわけがない』

『いやいや、でも母さんが言ってたけど、一票で救われる人がいるからね、絵菜の一票も大事なんだよ』

『な、なるほど……うん、そう思うといいのかも』

『うんうん、でもなんか大人になってるんだなって実感したよ』

『そうだな、私も同じようなこと思った。あ、団吉と一緒に暮らしたら、一緒に行けるのか……』

『あ、そうだね、そういう意味でも早く大人にならないとね』


 やはりいつでも僕と一緒に暮らすことを忘れない絵菜が可愛かった。


「あら? RINEしてるの? もしかして絵菜ちゃんかしら?」

「ああ、うん、絵菜もお母さんと行ってきたらしいよ。よく分からなくていいのかなって言ってた」

「ふふふ、最初はそんなもんよ。お母さんも全部細かく知っているわけじゃないわ。でも、やっぱり自分の意思は大事にしないとね」


 母さんが笑いながらそう言った。なるほど、やはり大人になっても難しいものは難しいのだな。絵菜が分からないと言っていたのも頷ける。

 こうして一つずつ大人になっていくのだ。それもまた嬉しいというか、自分の成長を感じていた。

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