第38話「遠距離恋愛」

 高校三年生の試合があった次の日、僕はある人と待ち合わせをしていたので、駅前へ向かった。

 ここのところ雨の日が多かったが、昨日は曇り空、今日は晴れ間も見えて、気持ちも少し明るくなる。僕は単純なのかもしれないな。

 家から駅前まではすぐなので、あっという間に着いた。ある人はまだ来ていないようだ。RINEを確認すると『もうすぐ着く』と来ていたので、『今着いたよ』と返事を送っておいた。こう言うと誰のことかさっぱり分からないと思うが、ある人とは――


「……ごめん日車くん、待たせたかな」

「ううん、僕もさっき着いたから、大丈夫だよ。それにしてもお久しぶりだね、相原あいはらくん」

「……こうして会うのは去年の同窓会以来か、久しぶりだね」


 そう、相原あいはら駿しゅんくんと待ち合わせをしていたのだ。相原くんは高校時代の友達で、最初は学校がめんどくさいと思っていてなかなか来なかったが、僕やみんなと出会ったことで変わっていった人だ。僕はそれが嬉しかった。


「じゃあ行こうか、僕の家ここの近くだから」

「……うん。ていうか日車くん一人暮らし始めたってね、すごいな……」

「いやいや、そんなに大したことはないよ。いざやってみるとこんなもんかと思ったというか」


 二人で話しながら僕の家に向かう。玄関で鍵を開けて、僕が「どうぞ上がって」と言うと、「……お、おじゃまします」と小声で言う相原くんがいた。


「……こ、ここか、なかなか広いんだね」

「まぁ一人で暮らすには十分だよね、部屋も二つあるし、気に入ってるよ」

「……そっか。あ、ジェシカさん待ってるかな」

「ああ、そうだね、パソコンあるから準備しようか」


 僕はそう言ってパソコンを立ち上げて、通話アプリを起動した。今日相原くんを家に呼んだのは、ジェシカさん、僕と相原くんが高校の修学旅行でお世話になった人とビデオ通話をしようと思ったからだ。

 ジェシカさんはオーストラリアに住んでいて、明るくて美人の女性だ。そして相原くんとジェシカさんはお付き合いをしている。日本とオーストラリア、遠く離れてはいるが、好きなのに距離なんて関係ないのだ。


「あ、ジェシカさん通話OKらしいよ、繋いでみようか」

「……う、うん、この瞬間っていつも緊張するな……」


 僕は通話ボタンを押す。すぐに画面にジェシカさんが映し出された。


『ハロー、あ、ダンキチとシュンが映ってる! お久しぶりー!』

『お久しぶりです、またこうして会話できて嬉しいです』

『……お、お久しぶりです』


 ジェシカさんは日本語が話せないので、僕も相原くんも英語で話す。そういえば相原くんも英語の勉強をしていると言っていたな、以前よりは話せるようになったかもしれない。


『ふふふ、ダンキチもシュンも、可愛いねー、今すぐ抱きしめたくなるなぁ』

『あ、ありがとうございます……って、そうでもないと思いますが……あはは』

『いやいやー、でも二人ともなんとなく大人になったね、今年二十歳だから当然か』

『あ、そうですね、僕は二十歳になりました。まぁこんなもんなのかと思っているところですが……』

『うんうん、まぁ大人になるっていいことだと思うよー! そういえば私が日本に遊びに行ったの、もう二年前なんだねー、びっくりだよ』


 僕たちが高校三年生の時、ジェシカさんは一人でここ日本に遊びに来たことがあった。その時はみんなで歓迎して楽しい思い出が出来た。時の流れってあっという間だなと思った。


『そうですね、もう二年も経つのかと思ってしまいました』

『ほんとだねー、またお金貯めて、日本に遊びに行くからねー、その時はまたみんなに会いたいなぁ』

『……じ、ジェシカさん、俺、バイト代が貯まってきたので、今年の夏にオーストラリアに行こうと思っています。え、英語もまだまだ勉強中だけど、ちょっとはできるようになりました……そ、その時は、よろしくお願いします』


 スマホの翻訳アプリを見ながら、相原くんが話した。おお、オーストラリアに行くのか、大変なこともあるかもしれないが、ジェシカさんに会えるのだ。頑張ってもらいたいな。


『ほんとー!? わぁー楽しみがまた増えた! シュンが来てくれるなら、今すぐにでも空港で待機したい気分だよー!』

『……あ、ま、まだもうちょっと先ですが……お、俺もジェシカさんに会いたくて……』


 そう言って相原くんが恥ずかしそうにしていた。


『うん、私もね、あの三人で撮った写真よく見てるんだ。シュンのことずっと大好きだからね、私のことお嫁さんにもらってくれるんだもんね』

『……あ、そ、そうですね、お嫁さんに、もらいに行きます……あれ? なんか言葉が変かもしれない』

『うん、待ってるね。会えたらずっと離さないからね』


 翻訳アプリを使いながらだが、相原くんにも伝わっているようで、『……あ、そ、そっか……』と、顔を赤くして俯く相原くんがいた。


『あはは、やっぱり可愛いなぁ。あ、そうそう、シュンが英語の勉強を頑張っているように、私も日本語の勉強を頑張っているよ。日本のアニメ観たりして、少しずつ覚えていってる!』

『あ、そうなんですね、アニメで日本語を覚えるのか、なんだかすごいですね』


 僕がそう言うと、ジェシカさんはコホンと咳をして姿勢を正して、


「ダンキチ、シュン、だいすきだよ。またあえるの、たのしみにしてるね」


 と言った。おお、日本語がスムーズに話せている。本当にすごいなと思った。


「おお、すごいですね……って、リスニングは少しできますか?」

『あはは、リスニングも少しできるようになってきたよ。今のダンキチの日本語も分かったよ。でもまだまだ難しいねー、さっきの言葉はずっと練習してたんだ』

『なるほど、練習してたんですね、でもすごいです。僕たちにもしっかり伝わりました』

『よかったー、間違ってたらどうしようと思ったよー』


 ジェシカさんがケラケラと笑った。相原くんもジェシカさんも、お互いの国の言葉を勉強しているのだ。いいことだよなと思った。


「……あ、じゃあ俺も日本語で……ジェシカさん、だ、大好きです……」

「……うん、シュン、ありがとう、わたしも、だいすきだよ」


 日本語でやりとりする二人を見て、僕は嬉しい気持ちになった。すぐに会うのは難しいかもしれないが、先程も思ったように、好きなのに距離なんて関係ないのだ。その日は三人で楽しい話を続けていた。

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