第22話「バイト帰りに」

 五月、世の中はゴールデンウィークで人々のテンションも上がっているとか、そうでもないとか。

 今日も僕はバイトに精を出していた。大学が休講となり、バイトに入る日も増えていた。

 絵菜もスーパーの隣のホームセンターで頑張ってバイトをしているらしい。最初は慣れないことも多いと思うが、頑張ってほしいなと思った。

 そして、最上さんも頑張ってバイトを続けている。約一か月、僕は一緒になった時は色々と教えてきた。最上さんも声は小さいが真面目な性格なのだろう、少しずつ慣れようと頑張っていた。最近はレジも一人でできるようになり、僕は嬉しかった。

 今日も最上さんと一緒になったので、二人で頑張って働いた。パートのおばちゃんは「最上さんも少しずつできるようになってきてるわね、日車くんのおかげね」と笑いながら言っていた。

 三時になり、僕と最上さんは「お先に失礼します」と休憩していた店長に声をかけて外に出た。外は暖かい。ちょうどいい季節なのかもしれない。


「最上さん、お疲れさま。今日も頑張ったね」

「お、お疲れさま……うん、うち、ちょっとずつできるようになった……かな」

「うんうん、最初の頃に比べると全然違うよ。レジも一人でできるしね」

「そ、そっか……うちみたいにとろい人でも頑張ればできるんだな……」

「うん、最初は難しいけど、少しずつ慣れていってるから、大丈夫だよ」

「う、うん……日車さん、優しいな……カッコいい」

「え!? い、いや、カッコよくはないよ……うん」


 僕が慌てていると、最上さんがクスクスと笑った。笑った顔が可愛いなと思った。

 そんな話をしていると、交差点に来た。ここで最上さんとはお別れとなる。


「じゃあ、また今度ね」

「……うん、あ、日車さん、その、あの……」


 何か言いたそうにしている最上さんだった。


「ん? どうかした?」

「……そ、その、また帰りたくなくて……昨日も両親がケンカしてて、嫌になって……」


 そう言って最上さんが僕の袖をきゅっと握ってきた。


「あ、そ、そうなんだね……あ、そしたら僕の家に来る? 今日は妹もいるし、会えると思うよ」

「え、あ、う、うん……行きたい」

「分かった、じゃあ一緒に帰ろうか」


 二人で僕の家に帰る……のだが、最上さんが掴んだ袖を離さなかった。やはり家できつい思いをしているのではないだろうか。僕は胸が苦しくなった。


「ただいまー」


 玄関を見ると、日向と母さんの靴があった。二人ともいるみたいだ。


「おかえりーお兄ちゃ……ん!?」


 パタパタと足音を立ててやって来た日向が固まった。なんか初めて絵菜を家に連れてきた時を思い出すな。


「お、おおおお兄ちゃん、まさか浮気!? おおお女の子家に連れ込んで! 絵菜さんに言いつけるよ!」

「な、なんでそうなるんだよ、違うよ、こちらは以前話してた最上さん。ちょっとまだ家に帰りたくないらしくて」

「……ああ! 最上さん! し、失礼しました! はじめまして、日車日向といいます」

「……あ、ど、どうも、最上舞衣子といいます……」

「ごめんね、妹が騒がしくて。上がって」


 僕が上がるように促すと、最上さんは「……お、おじゃまします」と言って靴を揃えて上がった。リビングに案内する。


「はいはい、最上さんはこちらにどうぞー!」

「……あ、ありがとう……ございます」

「いえいえ、あ、最上さんは私と同い年って聞いたから、タメ口で話しませんか!?」

「え、あ、うん……うち敬語がへたくそだから、そっちの方がありがたい……」

「うんうん、なんかこんな話してると、絵菜さんがうちに来た時のこと思い出すなー!」

「……え、絵菜さん……?」


 最上さんが僕と日向の顔をキョロキョロと見た。


「あ、お兄ちゃん何も話してないのかな、お兄ちゃんの彼女さん!」

「……あ、なるほど……日車さん、彼女さんいたんだ……いいな……」

「え、あ、まぁ、自分から彼女がいるなんて話すこともないしね……」


 な、なんだろう、すごく恥ずかしい……。


「――あらあら、もしかしてこちらが話してた?」


 キッチンにいた母さんがニコニコしながらやって来た。


「あ、うん、こちらが最上さん。最上さん、うちの母です」

「……あ、は、はじめまして、最上舞衣子といいます……」

「いらっしゃい、団吉と日向の母です。舞衣子ちゃんか、可愛いわね。ちょっと待っててね、ジュース持ってくるわ」

「あ、私も舞衣子ちゃんって呼んでいいかな!? 私のことも日向って呼んでほしいな!」

「あ、う、うん、大丈夫……日向ちゃん……か」


 日向が「えへへー」と笑顔を見せた。こういう時僕と違って明るく積極的な日向は頼りになるな。


「最上さん、ゆっくりしていっていいからね、いつかはお家に帰らないといけないけど、それまでは家のことは忘れて」

「うんうん、のんびりしてねー、あ、うちには猫もいるんだー、あれ? みるくどこに行ったんだろ?」


 日向がみるくを探していると、物置部屋の方から「みゃー」と鳴きながらみるくがやって来た。


「あ、物置部屋で寝てたのかー、うちの次女のみるくです!」

「……あ、か、可愛い……すりすりしてきた……」


 みるくが最上さんの足にすりすりしている。本当にみるくは人懐っこいな。初めての人でも自分から近づいていく。


「ふふふ、みるくも舞衣子ちゃんを歓迎してるわ。はい、ジュースとお菓子でも食べてゆっくりしていってね」


 母さんがジュースとお菓子を出してくれた。最上さんは「あ、ありがとう……ございます」と、小さな声で言った。


「はいはい! 舞衣子ちゃん質問! クラスに好きな人はいますか!?」

「え、あ、うち、高校が女子高だから……好きな人はいない……かな」

「あ、そうなんだねー、女子高かぁ、どんな感じなんだろー、イメージ的にはキラキラしてそうだけど」

「ううん、そんなにキラキラもしてない……かな、女子だけだから、みんなだらしないというか……」

「えーそうなんだね、なんかイメージ崩れたかも」


 日向が笑うと、最上さんもクスクスと笑った。うん、やっぱり笑った顔の方が可愛い。


「あ、そうだ、お兄ちゃんはめちゃくちゃ勉強ができるから、今度一緒に教えてもらおうよ!」

「え、そ、そうなんだ、日車さん、勉強できる人なんだ……カッコいい」

「え!? い、いや、まぁ教えるのはいいけど、カッコよくはないからね?」


 う、うーん、最上さんが変なイメージを持っていないといいけど……まぁいいか。

 その後も日向と楽しそうに話す最上さんだった。たまにはこうして自分の家のことを忘れるのもいいのではないかと思った。

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