第71話「突然の」

「あー、学校始まっちゃったねー、もっと夏休みがほしかったなぁ」


 春奈が伸びをしながら言った。九月になり、私の専門学校は授業が始まった。秋にネイリスト技能検定を受けることになっているので、その勉強が中心となってくる。なんとか合格したい気持ちはみんな一緒だと思う。私も頑張らなければいけないなと思っていた。


「ああ、そういえば団吉はまだ夏休みって言ってたな……」

「そっかー、大学はいいなぁ、夏休み長いんだよねー、私ももっと勉強して大学行けばよかったかなー」

「ま、まぁ、でも夏休みも三人で遊べたし、よかったんじゃないかな」

「そーだね、そ、そういえば三人で遊んだ時、小寺には助けられてしまったけど……ま、まぁそういうこともあるということで」


 ちょっと恥ずかしそうな春奈だった。


「あ、ああ、でもよかった、小寺がいてくれて……私たちじゃどうしようもな――」

「……二人とも、ちょっといい?」


 私が言い切る前に、佑香がぽつりと言った。佑香はあまり人の話をさえぎって話すタイプではないので、めずらしいなと思った。


「ん? どうかした?」

「……あ、いや、その……ちょ、ちょっとこれから喫茶店に付き合ってほしいというか……」

「んんー? 佑香、喉渇いたの? ま、いっか! 私もアイスコーヒー飲みたいなって思ったから、行こっか! あ、ついでにケーキも食べちゃおうかなー」

「……あ、い、いや、まぁ……」


 どこか言葉に詰まっているような佑香だった。何かあったのだろうか。

 とりあえず三人で学校の近くの喫茶店に来た。そこそこ人はいたが私たちは奥の席に座ることができた。三人で注文して、しばらく待っているとジュースやコーヒーやケーキが運ばれてきた。


「よーし、私久しぶりにケーキ食べたくなったんだよねー、いただきまーす!」


 春奈が嬉しそうにケーキをいただく。それはいいのだが、佑香の元気がないというか、ちょっと俯いているのが気になった。私はそっと佑香に話しかける。


「佑香? どうした? なんか悩み事か?」

「……あ、う、うん……悩みというか、なんというか……」


 佑香が落ち着きがなさそうにもじもじしながらジュースを飲んだり、手で顔を触ったりしている。こんな佑香は見たことがなかった。何か深刻な悩み事だろうか。


「えー? 佑香どうしたの? 悩み事なら話してよー。私たちが力になれるかもしれないし!」

「……そ、それが……」


 ふーっと息を吐いた佑香が、話を続けた。


「……わ、私……こ、小寺のことが気になって、ずっと頭の中に小寺の顔が浮かんできて……そ、その、す、好きになったのかもしれない……」


 ゆっくりと、小さな声で話す佑香だった……って、え!? 小寺のことが、好きになった……!?


「……ええ!? ゆ、佑香? どうしたの? 熱でもあるの? こ、小寺を好きになったって……大丈夫?」

「……い、いや、熱はない……あ、今恥ずかしくて熱が上がっているかも……」

「そ、そうなのか、佑香は小寺のことを……も、もしかして、この前助けてもらったからとか……?」

「……う、うん、あの時の小寺がカッコよくて、ドキドキして……私たちをかばってくれて、ポンポンって頭叩かれたのが、忘れられなくて……」


 顔を真っ赤にして話す佑香だった。そ、そうか、たしかにあの時の小寺はカッコよかった。突然現れた正義のヒーローみたいなところはあった。しかし普段あまり話さない佑香が勇気を出して話してくれたのだ。私はそれも少し嬉しかった。


「……そっか、まぁ、小寺もイケメンだし、二人はどこか小寺を嫌ってたところがあったけど、人を見る目っていうのは変わるもんだしな」

「……う、うん、自分でも信じられないけど、やっぱり好き……」

「そ、そうなんだねー、こ、小寺かぁ……うーん、まぁ女たらしの噂は気になるけど、たしかにカッコいいといえばカッコいいというか……」

「……う、うん……カッコいい……」


 もう佑香が恋する乙女だった。なんだか可愛らしいなと思ったのは、佑香に失礼だろうか。


「なんか、私は春奈と佑香が小寺を嫌ったままというのも、みんながかわいそうだと思っていたところあって。うん、いいんじゃないかな。思い切って佑香の気持ちを小寺にぶつけてみるか?」

「……あ、う……そ、それはできない……」

「そっかー、まぁ恥ずかしいっていう気持ちは分かるけど、もったいないよー」

「うん、私も春奈と同じ意見だ。せっかく佑香が好きになったのに、気持ちを隠したままというのはもったいない」

「……そ、そうかな……」

「うん、すぐに告白しろとは言わないけど、ちょっとずつ小寺と距離を縮めてみるのもいいんじゃないかな。それに――」


 私は佑香の目を見て、話を続けた。


「好きな人がいて、好きって言える佑香がとても素敵だよ」


 私は団吉がよく言っているセリフをそのままパクって、佑香に伝えた。ちょっと恥ずかしかったが、佑香は、


「……そ、そっか。わ、私なんかでも、恋をしていいのかな……」


 と、ちょっと恥ずかしそうにしていた。


「うんうん、ごめんね佑香、最初冗談かと思ってからかっちゃったけど、佑香は本気なんだよね。よし! そしたら私と絵菜で、佑香と小寺をくっつけちゃおう!」

「……え? そ、それは……」

「ふふっ、私も春奈と同じようなこと考えてた。小寺も佑香を好きになってくれるといいなと思って」

「……あ、いや、まぁ……そうだけど、は、恥ずかしい……」

「よし! まずここは恋愛の先輩の絵菜先生に、男性の恋心を掴む極意を学ぼうではないか! 絵菜先生、よろしくお願いします!」

「……よ、よろしくお願いします……」

「え!? な、なんで私がそこで出る……!?」


 私が慌てていると、二人が笑った。うう、なんだろう、こっちまで恥ずかしくなってきた。

 その後、また団吉と私のことを色々と訊かれていた。や、やっぱり恥ずかしいが、そうか、佑香は小寺を好きになったのか。なんとか佑香の想いが小寺に伝わるといいなと思っていた。

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