第72話「パスポート」

 週末の土曜日、今日は絵菜、日向、真菜ちゃん、長谷川くんと、都会に行く約束をしていた。

 なぜかというと、日向たちのパスポートを受け取るためだ。日向たちは今月末に修学旅行でオーストラリアに行く予定になっている。もちろん海外なのでパスポートがいるのだ。僕と絵菜も二年前に取りに行ったのを思い出す。

 申請は始業式の日にみんなで行ったらしく、その後出来上がるのが今日だった。リビングに行くと、どこかそわそわしている日向がいた。


「お兄ちゃん、何か持って行くものってあるんだっけ?」

「ああ、受け取りだから特にいらないと思うけど、一応身分証は持っておいた方がいいと思うよ」

「そっかー、ああーついにパスポートかぁー、どんどんオーストラリアがこっちに近づいているって感じする!」

「い、いや、大陸移動説じゃないんだから……まぁ、そわそわする気持ちは分かるよ」

「ふふふ、日向も修学旅行ねー、楽しみなのも分かるわ、いっぱい楽しんできなさい」

「うん! あ、お兄ちゃんそろそろ行く?」

「ああ、うん、そろそろ行ってみようか」


 母さんに「いってらっしゃーい」と見送られて、僕と日向は待ち合わせの駅前へ向かう……のだが、日向がいつものように左手を握っているのはどういうことだろうか。いや、いつも言っているようにツッコミを入れたら負けなのだ。これもまた仕方ないこと……。


「……チッ」


(……今、通りすがりの男の人に舌打ちされなかった!? すみませんこれは妹です、お許しを……!)


 ま、まぁ、そんな感じで駅前へ行くと、絵菜と真菜ちゃんと長谷川くんがもう来ていたようだ。


「ごめん、みんな待たせたかな」

「ううん、私たちもさっき来たとこ」

「お兄様、日向ちゃん、おはようございます!」

「お、おはようございます! ついにパスポートを受け取るのか……!」

「みなさんおはようございますー! ほんとだね、なんか大人になってる感じがする!」

「ま、まぁ、いくつでも必要なものだからな……あ、もうすぐ電車来るみたいだね、行こうか」


 みんなで電車に乗り、都会へと向かう。途中で席が空いたので、僕と絵菜、日向と真菜ちゃんと長谷川くんに分かれて座ることにした。

 しばらく揺られて目的地に着いた。降りる人が多く、改札を抜けてもやはり人が多い。いつ来ても変わらないなと思った。

 まずはパスポート交付センターへ向かう。駅から歩いて十分くらいのところにあるビルの中にある。三人が整理券を取ってしばらく待っていると、それぞれ呼ばれた。特に問題もなく無事に受け取ることができたようだ。


「わぁ、これがパスポートかー! あ、私なんか緊張してる顔だ」

「あ、日向ちゃん、私も同じような顔してるよ、大丈夫!」

「僕もなんか緊張してる……証明写真って難しいな……」

「あはは、僕も絵菜も同じような感じだったから、みんなそんなもんだよ」

「う、うん、気にしなくていいんじゃないかな……あ、このあたり見て回る?」

「ああ、そうだね、せっかく来たし見てみようか」


 パスポート交付センターがあるビルを出て、近くにあった商業施設に入ることにした。ここも人がなかなか多いが、お店も色々あって楽しい。


「わっ、文房具のフロアだって! すごいねー」

「ほんとだね、あ、日向ちゃんと長谷川くんが持ってるペンってこれ?」

「あ、そうそう、これすごく書きやすいんだ。ちょっとお高いけど、沢井さんもぜひ」

「そうなんだね! うーん買えるかなぁ……この前お小遣い使っちゃったしなぁ」

「ふふっ、真菜、買ってあげるからいい色選んで」

「ええ!? お、お姉ちゃん、それはダメだよ、せっかくのお姉ちゃんのバイト代が」

「ううん、これくらい大丈夫。どれでもいいから選んでいいよ」

「そ、そっか、ありがとうお姉ちゃん! じゃあこの薄いピンクのものにする!」


 これは日向の誕生日に、長谷川くんがプレゼントしていたペンだな。なるほど、『なめらかな書き心地をあなたに』と書いてある。それにしても、絵菜も妹に甘いのかな。いや、あまり人のこと言えないのでそれは言わないでおこう。


「真菜ちゃん、嬉しそうだね。さすがお姉ちゃんだね」

「そ、そうかな、そう言われると恥ずかしいな……あ、なんかお昼食べる?」

「あ、そうだね、なんか食べようか」


 僕たちは飲食店が集まる地下一階へ行き、案内板を見ながら考えた結果、オムライス専門店に入ることにした。ここは色々な種類のオムライスがあるみたいだ。みんなメニューを見ながら悩んでいる。僕はビーフシチューオムライスを食べてみることにした。


「あ、絵菜も僕と同じものにしたんだね」

「う、うん、なぁ団吉、ビーフシチューってどうやって作るんだ?」

「ああ、デミグラスソースがいるね……そう考えるとちょっと難易度は高いのかも」

「そ、そっか、団吉と一緒に暮らしたら、そういうのも作れるようになりたいな……」

「あ、うん、そしたら一緒に頑張ろうか……はっ!?」


 ハッとして前を見ると、日向と真菜ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。うう、そんな目で見ないで……。

 しばらく待っているとオムライスが運ばれてきた。おお、どれも美味しそうだ。


「いただきます……あ、美味しい」

「ほんとだ、美味しい……私が作るオムライスとは全然違う……」

「お姉ちゃん、もっともっと料理の練習しようね! お兄様も喜ぶよ」

「う、うん、もっと練習しないと……」

「ふっふっふー、よかったねぇお兄ちゃん。あ、またゴチになります!」

「ええ、お前はそうやっておごってもらう気か……まぁ仕方ない、みんなはお小遣いだろうし、ここはみんなの分を僕が出してあげようか」

「え、い、いや、団吉それはダメ……あ、じゃあ私も出すから、三人の分を二人でおごってあげよう」

「あ、な、なるほど……じゃあそうしようか。三人とも僕たちが出すから、気にしないでいいよ」

「やったー! お兄ちゃん大好き!」

「お兄様、お姉ちゃん、ありがとうございます!」

「ぼ、僕もいいのですか……!? す、すみません、ありがとうございます!」


 なんだろう、よく大人の先輩が後輩におごるとかいう話を聞くが、こういうことなのだろうか。僕も絵菜も甘いのかもしれないが……。

 その後も都会を散策した僕たちだった。日向たちは無事にパスポートも受け取れたし、あとは当日を待つのみか。きっとワクワクドキドキなのだろうな。みんなで楽しんでもらいたいな。

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