第61話「恋心」

「ふー、なんとか寝てくれたな。なぁ団吉、ちょっと話したいことあるから夜風に当たりに行かないか?」

「あ、うん、いいよ」


 僕と拓海はホテルの外にあったベンチに並んで座った。外は少し暑いが、夜風が当たって気持ちいい。海に近いのもあるのかなと思った。


「外もまあまあ気持ちいいなー、海も見えるしな」

「ほんとだね、風もなんか気持ちよく感じるよ……って、話したいことって?」

「あ、ああ、それが、その……」


 いつもハッキリとしゃべる拓海が、言葉を詰まらせていた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。拓海が話すまで待っていると、


「……実は俺、ちょっと川倉先輩のことが、き、気になるというか、す、好きというか……って、は、恥ずかしいな……」


 と、ぼそぼそと話してくれた。

 あーなるほど、川倉先輩のことが気になっていると……。


 ……って、えええええ!?


「え!? あ、そ、そうなんだね……き、訊いていいのか分からないけど、いつからなの?」

「あ、まぁ、団吉が初めてうちに来た時に恋の話したじゃんか、気になってるかもしれないって。その時はほんとに好きとかよく分からないくらいだったんだけど、だ、だんだんと好きっていう気持ちが大きくなってきたっつーか……」


 な、なるほど、たしかにあの時 拓海は気になる人がいると言っていた。そうか、川倉先輩のことだったのか。


「そ、そっか……まぁ、川倉先輩も明るくて美人だし、なんか拓海がそういう気持ちになってもおかしくないというか……」

「だ、だろ? いつも明るくて、笑顔が綺麗でさ、さっきも酔っていたとはいえくっつかれてドキドキしてたっつーか……あああ恥ずかしいなこれ……」


 拓海があわあわと慌てている。初めてそんな姿を見た気がして、僕は少し笑ってしまった。


「うっ、わ、笑うなよ、余計恥ずかしいじゃんか……」

「ご、ごめん、でも、どうする? 思い切って拓海の想いをぶつけてみる?」

「い、いや、俺なんて後輩の一人だろうからさ、恋人としての目線ではきっと見てくれてないっつーか、そんな感じするんだよな……」


 拓海がちょっと俯きながら言った。たしか川倉先輩は彼氏がいないと言っていた。しかしサークルの先輩後輩の間柄というのは間違いない。拓海の気持ちも分かるが、だからといって好きだという気持ちを伝えないのももったいないなと思った。


「うーん、気持ちは分かるんだけど、やっぱりもったいないよ。せっかく拓海に好きだっていう気持ちが芽生えたんだし、それを大事にした方がいいよ。それに――」


 僕は拓海の目を見て、話を続けた。


「好きな人がいて、好きって言える拓海はカッコいいよ」


 僕は火野たちに言ってきたセリフを拓海にも言った。やっぱりこれは言い過ぎかなと思っていたが、


「そ、そうかな……な、なんかちょっと勇気出てきたかも。ありがとう、やっぱ団吉に話してよかったよ」


 と、拓海が言った。


「うん。あ、これやっておかない? 高校の頃よくやってたんだけど、これから拓海が頑張れるように」


 僕は手をグーにして拓海に差し出すと、拓海がグータッチをしてくれた。うん、なんとか拓海の想いが伝わるといいな。



 * * *



 翌日、ホテルの部屋で目が覚めると、慶太先輩と拓海がもう起きていたようだった。


「あ、おはようございます、早いですね」

「おっ、団吉おはよー」

「ああ、団吉くんおはよう。すまないね、拓海くんと話していたが、起こしてしまったかな」

「あ、いえ、大丈夫です。ぐっすりと寝ていたみたいなので」


 ベッドから起き上がり、うーんと背伸びをする。時間を見ると朝食の時間にはちょっと早いようだった。


「昨日はボクもいつの間にか寝てしまっていてね、二人ともあの後女性二人のお世話をしてくれたみたいだね」

「あ、はい、一応部屋に連れて行って、すぐにベッドで寝てくれたので安心していました」

「そうかそうか、それはすまなかったね、あの二人は本当にお世話をかけてしまうな。困ったものだね」

「いえいえ、楽しかったから大丈夫ですよ。お酒が呑みたくなる気持ちも分かります。まぁ、僕と拓海はまだ呑めないのですが……」

「あはは、二人が呑めるようになるのも楽しみだね。あの二人のように強いのか、ボクのようにそうでもないのか」

「そうですね、それが分かるのもあと一年なので、楽しみにしておきたいと思います」


 せっかくなら僕たちもお酒が呑めたらよかったな……と思ったが、仕方ない。それは来年のお楽しみにしておくことにしよう。

 三人で話していると朝食の時間になったので、レストランへと行く。川倉先輩と成瀬先輩が先に来ていたようだ。


「おっ、みんなおはよー! 昨日は楽しかったねー」

「おはようございます。昨日は楽しいお酒が呑めて幸せでした」

「お、おはようございます!」

「やあやあ、おはよう二人とも」

「おはようございます。お、お二人はあれからぐっすり寝ることができましたか……?」

「うん、私たちいつの間にか寝てたねー、最後の方の記憶が曖昧なんだけど、なんか団吉くんと拓海くんがいたような……」

「そうですね、たぶんお二人が部屋まで連れて来てくれたのかなと思っているのですが、あってますか?」

「あ、はい、僕と拓海で二人を連れて行きました。すぐに寝てくれたからホッとしていたのですが……」

「あはは、ありがとー。いやー美味しいお酒があるとどうしても呑んでしまうねー」


 川倉先輩がそう言うので、みんな笑った。そういえば昨日、拓海の想いを聞いていたのだった。チラリと拓海を見ると、いつも通り川倉先輩とも話せているようだ。よかった。

 みんなで朝食をいただいた後、しばらくしてホテルを出発することになった。今日は成瀬先輩から運転するようだ。


「この後どこに行くんでしたっけ?」

「ああ、このまま海沿いを北上して、川奈ステンドグラス美術館に行ってみようと思うよー」

「ふふふ、私の運転でいきますよ、みなさん大船に乗った気持ちでいてください」


 な、なんかその例えもどうなのかと思ったが、ツッコミは入れないことにした。

 それにしても、拓海が川倉先輩を好きになったのか。嬉しい気持ちと同時に、今後どうなるのかなとちょっとドキドキな僕だった。

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