第18話「学ぶこと」

 ある日曜日、僕と日向は絵菜の家に向かっていた。

 というのも、真菜ちゃんが数学を教えてほしいと言っているらしく、絵菜はうまく教えられなかったみたいで、僕にヘルプが飛んできたのだ。真菜ちゃんも高校二年生になり、数学も難しくなっているだろう。僕も自分のことを思い出していた。


「ああー、なんで私までついて行ってるんだろう……遊びだったらよかったのに」

「そんな文句言うなよ、日向も勉強しておかないと、今度は赤点になってしまうかもし――」

「お、お兄ちゃん! それ以上は言わないで! うう、頑張りますよ……」


 そんな感じでしょんぼりしている日向だったが、僕の左手をしっかりと握っているのはどういうことだろうか。もうこれは傍から見ると兄妹じゃないのよ、カップルなのよ……と思ったが、言わないことにした。

 絵菜の家に着き、インターホンを押す。すぐに「はい」と聞こえてきたので「こんにちは、日車です」と言うと、「まあまあ、ちょっとお待ちくださいね」と聞こえてきた。なんとなくお母さんのような気がした。

 すぐに玄関のドアが開き、二人のお母さんである沢井佳菜さわいかなさんが迎えてくれた。


「まあまあ、団吉くんに日向ちゃん、いらっしゃい。今日は真菜に勉強を教えてくれるそうで、ありがとうございます」

「お母さん、こんにちは!」

「こんにちは、いえいえ、真菜ちゃんが頑張ってるみたいなので、力になれたらなと」

「ふふふ、今ね、絵菜が横で教えようとしているんです。二人でうんうん考えているみたいだから、アドバイスしてあげてください」

「あ、そうなんですね、分かりました」

「ふふふ、それにしても団吉くん、久しぶりに会ったら可愛いというかカッコよくなってますね。大人になっているんでしょうね」

「え!? い、いえ、そうでもないと思いますが……あはは」


 う、うう、褒められている……のかな、ちょっと恥ずかしくなった。

 お母さんに促され、僕たちは「おじゃまします」と言って上がらせてもらった。リビングに行くと絵菜と真菜ちゃんが教科書とノートを見ながら考え込んでいた。


「あ、お兄様、日向ちゃん、こんにちは! すみません来てもらって」

「あ、団吉、ごめん、わざわざ来てもらって……私じゃうまく教えられなくて」

「いやいや、大丈夫だよ、教えるのは任せてもらえれば。今までの経験があるからね……って、自分で言うのもどうかと思うけど」

「絵菜さん、真菜ちゃん、こんにちは! お兄ちゃんに分からない問題はないもんねー、どうやったらそんなにできるの? 兄妹とは思えないよー」

「ま、まぁ、ちゃんと頑張れば誰でもできるよ。ほら、日向も真菜ちゃんの前に行って。勉強するんだぞ」

「う、ううー、お兄ちゃんが厳しい……でも頑張らないと真菜ちゃんや健斗くんにますます離される……」


 少し文句は言いながらも、日向も持って来た教科書とノートを開いて勉強を始める。二人とも数学でつまずいているようだ。


「お兄様、ここが分からないのですが……」

「ああ、不等式の証明問題だね、左辺と右辺がこうなっているから、展開してこうなって……」

「ああ! なるほど、分かりました。お兄様はさすが私の神様です。昔からよく教えてもらっていましたが、いつも分かりやすいです」

「ま、まぁ、数学は好きだからね、学ぶのが楽しいというか」

「えー、お兄ちゃんやっぱりおかしいよ、全然楽しくないよー。頭が良すぎると逆におかしくなっちゃうのかな」

「お前、どうも叩かれたいようだな……」

「ああ!! い、いえ、なんでもありませんお兄様! ここが分からないので教えていただけるとありがたいです!」

「お、おう、急に真菜ちゃんみたいになったな。ああ、相加平均と相乗平均って覚えてるか? それでこうなって……」

「あ、なるほどー、うーんでもこんなにスラスラと解けないよー」

「それは問題を解いて慣れるしかないな。質も大事だけど、量も大事だよ」


 うんうん考え込んでいる日向と真菜ちゃんに教えていると、絵菜が横でクスクスと笑った。


「ん? な、なんか可笑おかしかった?」

「ふふっ、ごめん、こうやって私も団吉に色々教えてもらったなと思って、なんだか懐かしくなって」

「ああ、そうだね、絵菜も頑張ってたもんね。専門学校の勉強は難しい?」

「うーん、難しいんだけど、高校までとはなんか違うというか、少しずつ身についている感じが分かって、嬉しい」

「そっか、専門的なこと学んでいるんだよね。なんかカッコいいね」

「そ、そうかな、なんか恥ずかしいな……あ、そうだ、休憩したら日向ちゃんにもしてあげようかな」


 そう言って絵菜がポーチを取り出した。


「え? 絵菜さん、何があるんですか?」

「ふふっ、日向ちゃんの爪も綺麗に磨いてあげる」

「ああ! そういえばそうでしたね! はい勉強は休憩! 絵菜さん、お願いします!」

「お、おい、まだ真菜ちゃん勉強して――」


 僕の一言は聞かずに、絵菜の隣に行って手を出す日向だった。その日向の手をとって、絵菜が爪を綺麗に磨いている。


「日向ちゃん、手が小さくて可愛いな……あ、こんな感じかな、どうだろう」

「うわぁー! ありがとうございます! すごい、ピカピカだー!」


 日向が手を見せてきた。やはり爪が輝いて見える。道具も色々持っているみたいだし、すごいなと思った。


「おお、やっぱり絵菜すごいね、技術が身につくっていいよね」

「う、うん、ちょっとずつできることが増えて来てる。カラーリングとかもできる」

「ふふふ、絵菜ね、真菜や私で色々と練習しているんです。知識が増えていくのが嬉しいみたいですね」


 お母さんがニコニコでジュースやお菓子を持って来てくれた。


「い、いや、まぁ、誰かの役に立つのが嬉しいというか……」

「うんうん、絵菜が頑張っているの見ると、僕も頑張ろうという気持ちになるよ」

「そ、そっか……うん、私も頑張る」


 絵菜がニコッと笑顔を見せた。か、可愛い……と思ってしまう僕は彼女に甘いのだろうか。

 日向はニコニコで爪を眺めている。やっぱり女の子だな、綺麗になることはとてもいいことではないだろうか。

 絵菜も嬉しそうだし、僕もいい刺激をもらっている。少しずつ学んで頑張っていこうと思った。

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