第19話「団吉の真似」
それからお母さんが出してくれたジュースとお菓子をいただいて、日向と真菜ちゃんはまた勉強をしていた。
「お兄様、ここもどうしてこの答えになるのか分からないのですが……」
「なるほど、真菜ちゃんは不等式がどうも苦手のようだね、この条件の時は減少関数だから、こうなって……」
「ああ、なるほど! 分かりました。お兄様はやっぱりすごいです。神様、いや、神様を超えた存在でしたね」
「え!? い、いや、僕は一般人だからね?」
「お兄ちゃ~ん、ここ分かんないよー」
「お前はちゃんと考えてるか? これはここが累乗根だから、こうなって……」
「ああ、なるほどー! お兄ちゃんはやっぱりすごいなぁ、ちょっとだけ脳みそ分けてほしいよー」
「い、いや、それは無理だろ……日頃からちゃんと復習しておくように」
僕がそう言うと、日向と真菜ちゃんが「はーい」と答えた。
「まあまあ、二人とも頑張っていますね。ああ、今度また団吉くんと日向ちゃんのお母さんと、ランチに行ってきますね」
「あ、すみません、そういえばうちの母もなんかはしゃいでて……」
「いえいえ、楽しみにしているからいいのですよ。お母さんによろしくお伝えください」
お母さんがニコニコして言った。うちの母さんと絵菜と真菜ちゃんのお母さんは仲が良く、たまにランチに行って楽しんでいるらしい。ま、まぁ、子どもとしても母親同士が仲良くしてもらえるのはありがたいというか。
しばらく日向と真菜ちゃんの勉強を見ていると、
「……団吉、ごめん、ちょっといいか?」
と、絵菜が小声で話しかけてきた。なんだろうかと思ってついて行くと、絵菜の部屋に案内された。久しぶりに絵菜の部屋に入ったが、片付けられていて綺麗なのは変わらなかった。
「あ、絵菜の部屋、久しぶりに入った気がするね……え?」
部屋を見渡していると、後ろから絵菜がぎゅっと抱きついてきた。
「え、絵菜……?」
「ふふっ、ごめん、最近団吉にくっつけなかったから、なんか寂しくなって」
「そ、そっか、ごめんね、寂しい思いさせちゃったね」
僕も絵菜の方を向いて、ぎゅっと絵菜を抱きしめた。何度も経験しているが、心臓の音が高鳴るのは変わらないようだ。絵菜に伝わっていないかなと心配になった。
「……キス、して?」
僕の耳元で絵菜がささやいた。僕は心臓の音量が三段階くらい上がった。や、やはり絵菜の破壊力は半端ない……僕はとろんとした絵菜の目を見つめた後、目を閉じてそっと絵菜の唇にキスをした。目を開けると絵菜が嬉しそうな笑顔を見せて、またぎゅっと抱きついてきた。
「ふふっ、嬉しい……団吉の温もり、大好き……」
「うん、僕もこうして絵菜とくっつけるのが嬉しくて……」
「ふふっ、いつもありがと……あ、そういえば私の友達に、団吉と日向ちゃんの写真見せた。可愛くて優しそうだねって言ってくれて嬉しかった」
ん? 僕と日向の写真……? も、もしかして、あのスーツ姿の写真だろうか、僕は一気に顔が熱くなった。
「あ、そ、そうなんだね、なんだか恥ずかしいな……」
「友達……春奈と佑香っていうんだけど、私ともよく話してくれて、嬉しい」
「そうなんだね、絵菜にもいい友達ができたんだね。よかったよ」
「うん、そ、それと……関係ないんだけど、その……」
絵菜が何か言いづらそうにしている。何かあったのだろうか。
「ん? どうかした?」
「あ、いや、この前のバイトの子じゃなくて、他にも団吉の近くに女の人がいそうな気がして……」
ん? 女の人? 誰のことだろうかと思ったが――
「……あ、そ、そういえばサークルに川倉先輩ともう一人、先輩の女性がいたよ。で、でも、何もないからね?」
「そ、そっか、ごめん、また変なこと訊いてしまって……」
「ううん、絵菜が心配になる気持ちも分かるよ。でも、絵菜のことが一番大好きだから」
「ありがと、私も団吉が大好き……」
絵菜がもう一度僕にキスをしてきた。
「……あ、そうだ、もう一つ団吉に話したいことがあった」
「ん? 何かあった?」
「うん、実は私もバイトしようかなと思ってて」
「おお、そうなんだね、何かいいところ見つけたりしたの?」
「この前団吉がバイトしてるスーパーの横のホームセンターに行ったら、募集の貼り紙があって……高校生以上って書いてあったから大丈夫かなと思って」
「あ、なるほど、あそこか。うん、いいんじゃないかな。ここからも通えるしね」
「うん、でもこの金髪で大丈夫かなってちょっと心配で……」
「そっか、まぁでもあのホームセンターにたまに行くけど、明るい茶色の髪の女性店員さんがいたから、わりと自由なのかもしれないね。話を聞いてみるのもいいんじゃないかな」
「うん、今度行ってみる。団吉がずっと頑張ってるから、私も真似したくなって」
そう言って絵菜がニコッと笑った。そうか、絵菜もバイトしたいと思ったのだな。なんだか自分のことのように嬉しくなった。
コンコン。
その時、絵菜の部屋の扉がノックされる音が聞こえた。僕と絵菜はビクッとして慌てて離れた。絵菜が「は、はい」と言うと、日向と真菜ちゃんが入ってきた。
「なんだ、ここにいたのですね。あれ? イチャイチャしてないんですね」
「お兄ちゃん、コソコソと絵菜さんとイチャイチャしてたんだよねー、そんなに隠さなくてもいいのにー」
「え!? い、いや、それはないけど……あ、絵菜がバイトしたいって言ってて、話を聞いていたというか……あはは」
さすがに抱きついたりキスしたりしていたとは言えなかった。
「まあまあ! お姉ちゃん、お兄様を見習ってバイトしたくなったんだね」
「う、うん……って、なんで分かったんだ……?」
「ふふふ、お姉ちゃんの顔に書いてあるよー。そっか、いいところが見つかるといいね」
「う、うん、まぁなんとか頑張る……」
恥ずかしそうにちょっと俯く絵菜だった。
こうして絵菜も色々なことに挑戦して、頑張っているのだ。僕も負けないようにしないとなと、心の中で思っていた。
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