第20話「絵菜のバイト」
四月も末になり、少しだけだが暖かいというか暑いなと思うような気温の日があった。今年も夏は暑くなるんだろうな、そんなことを思っていた僕だった。
僕は家に帰ってから、パソコンに向かっていた。なぜかというと、レポートの提出日が迫っているからだ。参考文献を見ながら、自分の考察も入れてまとめていく。少し難しいが、先日同じ理工学部の川倉先輩からこんな感じにするといいよとアドバイスをいただいた。僕はそのメモも見ながらあれこれと書いていた。
(……よし、このくらい書けたら大丈夫かな、あとは最初から見直して、おかしいところがないか……)
コンコン。
その時、僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。「はい」と言うと、母さんが入ってきた。足元には「みゃー」と鳴いているみるくもいる。今日は母さんはリモートワークだったはずだが、終わったのだろうか。
「団吉、アイスコーヒー持って来たわ……って、パソコンに向かってるわね」
「ありがとう、うん、レポートの提出日が近いから、まとめておこうと思って」
「あらあら、そうなのね、お母さんも大学生の頃を思い出すわ。夜中まで書いていたこともあったわね」
「ああ、そうなんだね、なかなか言葉が難しくて、これでいいのかなって思うけど……」
「大丈夫よ、おかしなところがあったら教えてくれるわ。まだ始まったばかりなんだし、それを参考にしてまた次につなげればいいのよ」
「な、なるほど……うん、自信を持つことにするよ。母さんは仕事終わったの?」
「今日は終わったわ、もう少ししたら夕飯の準備しようと思ってたところよ。今日はハンバーグよ」
そっか、ハンバーグか。ハンバーグは冷凍のものも売られているが、母さんは自信があるらしく、いつも手作りをしていた。そのハンバーグがまた美味しいのだ。
僕の足元で「みゃー」と鳴きながらすりすりしていたみるくをなでていると、インターホンが鳴るのが聞こえた。
「あら? 誰か来たのかしら?」
「あ、僕が出るよ」
何か宅配便かな? と思って出てみると、なんと絵菜が一人で来ていた。
「あ、いらっしゃい……って、あれ、一人? 何か言ってたっけ……?」
「あ、い、いや、ちょっと団吉に報告したいことがあって、来てしまった」
「ああ、そうなんだね、上がって上がって」
絵菜は「お、おじゃまします。あ、みるくちゃん、今日も可愛い……」と言って、靴を揃えて上がった。リビングに案内する。
「あら、絵菜ちゃんじゃない、いらっしゃい」
「こ、こんにちは、おじゃまします」
「絵菜、アイスコーヒーでいいかな?」
「あ、うん、ありがと……」
絵菜の分のアイスコーヒーをコップに注いで、「はい、どうぞ」と絵菜に差し出すと、「あ、ありがと」と小さな声で言った。
「なんか、僕に報告したいことがあったって言ってたけど、何かあった?」
「あ、うん、実はこの前話してたバイト……ホームセンターにさっき行って話聞いたら、あっさりOKとなって……それでその帰りに来てみた」
「おお、そうなんだね、それはよかった。金髪でも大丈夫だったんだね」
「うん、全然問題ないって言われた……すぐにでも来てほしいって」
「そ、そっか、なんだろう、人手不足なのかな……お客さんはけっこう入っているイメージだけど」
まぁ、僕もバイトを始めて今年で四年目になるけど、パートやバイトに入って来る人もいれば、辞めていく人もいた。たまたま辞めた人が多かったとか、そういうことなのかもしれない。
「あらあら、絵菜ちゃんもバイトするのね、偉いわー、なんか我が子がどんどん成長しているって感じがするわー」
「あ、ありがとうございます、話を聞きに行っただけなのになぜかそうなって……」
「まぁでも、ほんとよかったね。あ、履歴書とか持って行ったの?」
「あ、いや、次に来るときに持って来てくれればいいからって言われた。一応高校卒業して専門学校に行ってるとは話したんだけど」
「そっか、そしたら履歴書書いてみる? 僕たしか用紙を持ってるから」
「あ、そうだな……書き方がよく分からないし、教えてもらえるとありがたい」
「分かった、ちょっと待ってて、持ってくるよ」
僕は自分の部屋に行って、机の引き出しにしまっておいた履歴書を取り出した。それを持ってリビングに戻る。
「はいこれ、僕も以前使ったやつだから、バイトに使えると思うよ。最初鉛筆で薄く書こうか、間違えてもいいように」
「あ、ありがと。名前と住所、電話番号か……」
絵菜が履歴書に一生懸命書いている。
「学歴ってのは、全部書かなきゃいけないのか……?」
「ああ、今専門学校生だから、高校からでいいと思うよ。青桜高校の名前と入学と卒業した年を書いて、専門学校の名前を書いて、現在同専門学校第一学年在学中、になるのかな」
「な、なるほど……書いてみる」
絵菜が真剣に書いている姿が可愛く見えた……というのは絵菜に失礼だろうか。
「し、志望動機って、家が近いとかそんなことでもいいのかな……?」
「ああ、通勤時間が短いことによりシフト調整のしやすさや、続けやすさを考えたって感じで書けばいいんじゃないかな。あと、新しいことに挑戦したいとか、僕はそんな感じで書いたよ」
「あ、な、なるほど……」
少し考えていた絵菜が、志望動機の欄に文章を書いている。やっぱり可愛いな……って、ぼ、僕は何を考えているのだろう。
「で、できた……あ、ペンで書かないといけないのか」
「うん、お疲れさま、あとは家でゆっくりペンで書けばいいと思うよ」
「そうだな、ありがと。私だけだと分からないことばかりだった……」
「いえいえ、絵菜が何事にも挑戦しようという気持ちが分かって、僕も嬉しくなったよ」
「ふふふ、絵菜ちゃんも頑張ってるわね。あ、ホームセンターなら働いている姿をこっそり見に行けるわね、団吉はもうこっそり見ちゃったからね~」
「え!? み、見たことあるの!? し、知らなかった……」
い、いつの間に母さんに見られていたのだろうか、まぁ、家から近いし来ていたとしても不思議ではないが、少し恥ずかしくなった。
とにかく、絵菜が頑張ろうとしているのだ。僕は応援してあげたいなと思った……が、自分のレポートのことをすっかり忘れていた。後で僕も頑張らなければいけないな。
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