第35話「学生課」
次の日の月曜日、僕は絵菜と駅前で待ち合わせをして、一緒に電車に乗って通学することにした。
「団吉、おはよ。一人で眠れたか?」
「おはよう、なんとか眠れたよ。でもなんか静かすぎて寂しかったというか」
「そっか、まぁいきなり一人になったもんな……あ、今頃日向ちゃんが寂しがってないかな」
「ああ、昨日の夜日向からもRINEが来てたよ。『お兄ちゃんがいないのが不思議な感じがする』って言ってたかな」
「そうだよな、ずっと一緒にいたからな……私も家を出ると同じような感じになるのだろうか……」
「きっと似たようなものだろうね、まぁ実家からすごく遠いわけでもないし、たまには帰るようにしようかな」
そんなことを話しながら絵菜と一緒に電車に乗る。しばらく揺られて絵菜の学校の最寄り駅に着いた。絵菜は寂しそうに手を離して、「じゃあ、あとでRINEする」と言っていた。この瞬間はどうしても僕も寂しくなるんだよな……でも仕方ない。
今日は二限からの講義を受ける予定となっていた。それなのになぜ朝早くから大学に行くかというと、先日榊原先生に教えていただいた、学生課の横溝さんを訪ねてみようと思ったのだ。
学生課のある建物は第一号館の近くにある。ここにはあまり来ないので、榊原先生の研究室を訪れた時と同じように、僕はドキドキしていた。
学生課は……あ、ここか。中に入ると人がそこそこいて、みんな忙しそうにしていた。電話をしている人もいる。しかし名前は聞いていたが、どの人が横溝さんなのか分からない。うーん、声をかけづらいな……と思っていると、
「――あら? 学生さんですか?」
と、後ろから話しかけられた。振り向くと一人の女性がいた。長い黒髪を後ろでまとめていて、なんだか綺麗な感じの女性だ。
「あ、は、はい、学生課の横溝さんという方にお会いしたいのですが……」
「……ああ、私に用がある方でしたか、すみません失礼しました。どのようなご用件でしょうか?」
な、なんと、この方が横溝さんだったか。僕は慌てて自己紹介をする。
「あ、は、はじめまして、日車団吉といいます。突然すみません、榊原先生に進路について詳しいことが訊きたかったら、学生課の横溝さんを訪ねるといいとお聞きしまして……」
「……ああ、日車さんですね、お話は榊原先生からお聞きしております。あ、こんなところで立ち話するのもよくないですね、どうぞこちらへ」
横溝さんは僕をとある部屋に連れて行った。ここは応接室みたいな感じだろうか、それにしてはここも榊原先生の研究室みたいに、背の高い本棚がいくつもある。キョロキョロとあたりを見回していると、
「ふふふ、緊張しなくていいですよ、ここは相談室です。学生の進路や学習内容などを話す、誰でも使える部屋となっていますので」
と、横溝さんが言った。な、なるほど……と思っていると、「そちらにお掛けください」と言われた。僕は「し、失礼します」と言って座らせてもらった。
「日車さんはここに来られるのは初めてですか?」
「あ、は、はい、前を通ったことはあるのですが、こうして来るのは初めてで、分からないこともあって……」
「そうですか、まぁ学生課はみんな慌しくしてますが、いい人たちばかりなので、何か分からないことがあったら遠慮なく来てもらって、声をかけてもらって大丈夫ですよ」
「わ、分かりました、ありがとうございます」
「ふふふ、少しはリラックスできたでしょうか……って、そんな話ではなかったですね、日車さんの進路についてでしたね」
「あ、はい、高校の先生になりたいと思っているのですが、この後どう動けばいいのか気になって、先日榊原先生にもお話をお聞きしました」
「だいたいのことは榊原先生からもお聞きしております。高校の先生になりたいのであれば、四年生の時に教育実習と教員採用試験があります。教育実習はほとんどの人は自分の母校にお願いするのですが、それはご自分でご連絡していただく必要があります」
「は、はい、分かりました」
「どうしても母校の受け入れが難しい場合は、うちの大学で提携している実習校がありますので、そちらにしましょう……って、あれ? 今日車さんの情報を見ているのですが、高校は青桜高校でしたか」
横溝さんがポチポチとパソコンを操作しながら言った。
「あ、はい、青桜高校出身です」
「そうだったのですね、実は私の娘も去年まで青桜高校に通っていまして。日車さんは今二年生だから、私の娘は一つ下ですね」
「あ、そうでしたか、一つ下か……」
なるほど、横溝さんの娘さんも青桜高校に通われていたのか。一つ下となると天野くんや橋爪さんと同じ学年だ。
「まぁ、うちの子はバレーばっかりやってて、勉強はどうでもいいって感じだったから、この大学にはさすがに入れなかったのですが……って、私の話はいいとして、青桜高校なら教育実習生を受け入れているので、スムーズだと思いますよ」
「そ、そうですか……よかった……」
「まだ時期的にも早いので、三年生になったら高校に一度ご連絡をしてみるのがよさそうですね。あと、教育実習は五月にあって、六月中旬に教員採用試験があります。四年生の今の時期はかなり忙しくなりそうですね」
「な、なるほど……いきなり大変そうだ……」
「大丈夫ですよ、緊張はすると思いますが、何事も経験です。母校の先生方や周りの先輩方からのアドバイスもあると思いますし、しっかり聞いて自分のものにすれば、きっといい方向へ進みます」
「は、はい、頑張ります」
「ふふふ、夢に向かって頑張る学生さんは立派で素敵ですね、日車さんもいい目をされています」
「い、いえ、そんなに立派ではないと思いますが……あはは」
「いえいえ、私の娘も日車さんを見習ってもらいたいです。何か分からないことがあったら、いつでも訊いてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
そうか、僕の一つ下の娘さんがいるということは、横溝さんもうちの母さんと同じくらいの歳なのかな。言葉も丁寧で若く見える……というと母さんに失礼だろうか。まぁ母さんも若く見られるらしいから同じか。
僕は横溝さんにお礼を言って、学生課を後にした。これから先ももっと忙しくなりそうだ。僕はひっそりと気合いを入れていた。
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