第34話「普段の生活」

 夕方くらいに母さんと日向が帰って、本当に僕一人になってしまった。

 なるほど、一人暮らしとはこういうものか……僕はちょっとバルコニーに出てみることにした。外は日が傾いて少しずつではあるが暗くなっている。ここは三階で、一部ではあるが遠くも見える。ここでのんびりするのはさすがにちょっと変な人だろうか。でも椅子みたいなものを買って、のんびりと日光浴や風に当たるのもいいかもしれないなと思った。

 部屋に戻り、僕はハッと気が付いた。そうだ、夕飯をどうにかしないといけない。これまで母さんや日向がいたから、ご飯も毎日作るというわけではなかった。でもこれからは自分で何とかしないといけない。うーんと考えて、今食材が何もないこともあるので、駅前近くのスーパーに行ってみることにした。

 駅前まで歩いて行く。このあたりも知らない道がいっぱいあるな、カメラを持って少しずつ歩いてみるのもいいな、そんなことを考えていた。

 スーパーに着き、中に入る。夕方ということで帰りに買い物をする人もいるだろう。人はそこそこいた。


(うーん、食材は買うとして、今日は作る気分でもないからお弁当とかにしようかな……)


 とりあえずかごを持って、気になった食材を入れていく。お総菜コーナーでお弁当も見てみた。おお、けっこう色々あるな、僕は迷ってとんかつ弁当をかごの中に入れた。ついでにサラダと煮物もかごの中に入れる。うん、お弁当もボリュームがあるみたいだし、たまにはいいだろう。

 その時、僕のポケットでスマホが震えた。何だろうと思って見てみると、RINEが送られてきたみたいだ。


『団吉、ごめん、駅前まで来たんだけど、そういえば団吉の新しい家がどこか知らなかった……』


 送ってきたのは絵菜だった。なるほど、駅前まで来たのか……って、え!? 駅前まで来た!? 僕は慌てて『今、駅前近くのスーパーにいるよ』と送った。しばらくするとスーパーに絵菜がやって来た。


「ご、ごめん、ここにいたのか」

「あ、いや、ちょうどよかったね、まさか絵菜が来るとは思わなかったよ」

「う、うん、バイト終わってから来た……どうしても団吉に会いたくて」

「そっか、じゃあ買い物してうちまで帰ろうか。あ、絵菜は夕飯まだだよね?」

「うん、まだ」

「僕、今日は夕飯を作る気分じゃなかったから、お弁当にしようと思ってたんだけど、絵菜も何か買わない?」

「あ、なるほど……うん、そうする。団吉はとんかつ弁当にしたのか」


 絵菜はうーんと迷っていたようだが、親子丼を選んだ。僕はその他に牛乳や卵などをかごの中に入れて、レジでお支払いをした。そうか、エコバッグなどがあると便利かもしれないなと思った。


「あ、絵菜ごめん、袋に入れてくれてありがとう」

「ううん、これくらいしないと。なんか普段の買い物が一緒にできるっていいな」

「ほんとだね、一緒に暮らしたらこういうことも増えそうだね」


 二人で手をつないで家まで帰る。とはいえそんなに遠くないので、あっという間にうちに着く。鍵を開けて絵菜に中に入るように促した。


「さあ、どうぞ上がって」

「お、おじゃまします……こ、ここか……」


 絵菜が部屋の中をキョロキョロと見回していた。


「うん、まだ段ボールとか開けてないのがあるんだけど、とりあえず生活はできるようになったかなと」

「そ、そっか、ごめん、もしかして忙しい時に来てしまったのでは……」

「ううん、大丈夫だよ。母さんも日向も手伝ってくれてある程度整理できたし、今日はもう何もせずにのんびりしておこうと思ってたから」

「そ、そっか……あ、団吉、あの、その……」


 そう言いながらちょっともじもじしているような絵菜だった。何かあったのだろうか。


「ん? どうかした?」

「あ、あの……くっついても、いいか……?」

「ああ、それがしたかったんだね、うん、もちろん」


 僕はそう言って絵菜をきゅっと抱きしめた。


「……あ、だ、団吉……ありがと」


 絵菜も僕を抱きしめる。くっつきたいと言った絵菜が可愛い……というのはやはり彼氏として調子に乗りすぎているだろうか。


「誰も邪魔する人はいないから、こうしてくっつけるね」

「うん……嬉しい。ちょっと楽しみにしてた」

「あはは、そっか、僕も嬉しいよ……って、ご、ごめん、買ってきたもの冷蔵庫に入れないといけなかった」

「あ、ああ、ごめん、なんか私浮かれてるな……私が一人暮らししてるわけじゃないのに」

「いやいや、僕も同じような気持ちだから、大丈夫だよ」


 買ってきたものを冷蔵庫に入れて、これから食べるお弁当はレンジで温めることにした。そうか、絵菜が来るのであれば何か作った方がよかったかな……と思ったが、まぁいいか。それはこれからいつでもできるだろう。そのうち二人で料理をするのもいいかもしれない。絵菜も料理の練習したいと言っていたし。


「はい、どうぞ。ごめんねせっかく来てもらったのにお弁当になってしまって」

「あ、ありがと。ううん、私が勝手に来てしまったから。もっと考えるべきだった……」

「いやいや、そんなことないよ。よし、お互い申し訳ない気持ちはここまでにしようか。お弁当を食べよう。いただきます」

「分かった、いただきます」


 二人でお弁当を食べる。おお、とんかつ弁当もけっこう美味しい。他にも色々あったので、そのうち食べてみたいなと思った。


「絵菜の親子丼、美味しい?」

「うん、美味しい。団吉のは?」

「僕のも美味しいよ。なんか不思議だね、家にいるのに二人で夕飯食べてるって」


 僕がそう言って笑うと、絵菜もクスクスと笑っていた。


「ふふっ、買い物もそうだけど、こういう普段の生活が一緒にできるっていいな」

「うん、特別なことではなくても、なんか嬉しくなるよね。絵菜は遠慮なくいつでも来てくれていいからね」

「うん、ありがと。団吉に会えるって思うとつい来てしまいそうだ」


 嬉しそうな絵菜を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。

 ご飯を食べ終わってから、少しのんびりしていた僕たちだった。あ、夜になったから帰りは絵菜を送って行ったほうがよさそうだな。それまでは二人で色々な話をするのもいいだろう。僕も絵菜と一緒にいるこの時間を一番楽しみにしていたのかもしれない。

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