第83話「第一歩」
十月最初の日曜日。ついにこの日がやって来た。
私は今日、ネイリスト技能検定試験を受けることになっている。場所は都会のビルにある大ホールだ。春奈と佑香も受けることになっている。
ネイルの実技があるので、モデルまたはモデルハンドが必要になる。モデルはもちろん人間のことだが、モデルハンドとは手の形をした模型のようなものだ。私はうーんと考えてしまったが、以前そのことを真菜に話すと、「私がモデルになってあげようか」と言ってくれた。
これまで日向ちゃんやお母さんとも練習させてもらったし、真菜とうちの母さんも練習に付き合ってくれた。私が受ける三級は合格率はそこそこ高いようだが、私は緊張していた。こういう検定試験を受けるのは初めてだからかもしれない。
「お姉ちゃん、緊張してる?」
駅前へ向かう途中、真菜がそう訊いてきた。もしかして顔に出ていたのだろうか。
「あ、うん、こういう試験は初めてで、緊張してるかも……」
「ふふふ、大丈夫だよお姉ちゃん、頑張ってきたのはみんな知ってるよ。絶対合格するから」
「う、うん、なんとか合格したい……」
二人で駅前から電車に乗って、しばらく揺られて都会までやって来た。駅で春奈と佑香と待ち合わせにしていたが、どこかな……と探していると、改札の先で手を振る二人がいた。
「あー、絵菜来た来た! ついに本番になっちゃったねー、あ、もしかして妹さん?」
「あ、うん、今日モデルになってくれるから」
「はじめまして、沢井真菜と申します。いつも姉がお世話になっております」
「はじめましてー、池内春奈といいます! 妹さんしっかりしてるー!」
「……はじめまして、鍵山佑香です」
私はモデルとして真菜を連れてきたが、春奈と佑香はモデルハンドにすると言っていた。荷物もそれなりに多いようだ。私たちは一緒に会場まで歩いて行く。
「ねーねー、真菜ちゃんは何年生?」
「あ、私は高校二年生です」
「そっかー、絵菜と二歳差なんだねー、可愛いなぁ、私も妹がほしかったなぁ」
「あ、あれ? そういえば春奈と佑香は兄弟いたんだっけ……?」
「私は三歳上のお兄ちゃんがいるよー。だから姉妹がよかったなぁ」
「……私は二歳下の弟がいる」
「そっか、二人とも男の兄弟なのか、まぁそれはそれでいいんじゃないか」
「うーん、でもやっぱり姉妹の方が恋愛の話とかできそうじゃん? 絵菜と真菜ちゃんはそんな話しないのー?」
「あ、ま、まぁ、団吉の話はするというか、なんというか」
「ふふふ、お姉ちゃん、家でお兄様……あ、団吉さんの話をすると嬉しそうです」
「そっかー! いいないいなー、その会話聞きたいよー!」
なんだろう、なんか急に恥ずかしくなってきた。
そ、それはいいとして、会場に着いた。受付を済ませて中に入る。おお、けっこう人がいる……まぁ学校のテストと違ってこのあたりで試験の会場はここしかないため、人が多いのも当然だろう。
「な、なんか緊張してきたね……あ、じゃあ私は席が向こうみたいだから、また後でねー」
「……私もあっちだった、じゃあまた」
「あ、二人とも、始まる前にこれやっておきたい」
私が右手を差し出すと、みんなグータッチをしてくれた。うん、これで頑張れそうな気がする。私は気合いを入れていた。
* * *
試験は筆記試験と実技試験に分かれていた。筆記試験は三十分行われ、百点満点中八十点以上で合格となる。私はミスしないように気をつけながら問題を解いていった。
その後、実技試験が行われる。こちらは七十分の時間で、五十点満点中三十八点以上で合格となる。真菜にはここ最近爪を傷つけないように注意してもらった。バスケ部のマネージャーをしているので、ボールを触ることもあるだろう。昨日確認したが爪は問題ないようだった。
教わったことを思い出しながら、真菜の爪に手を加えていく。少し長い時間だが、真菜も頑張ってくれている。今度何かおごるべきかなと思った。
そして試験が終わった。うん、自分にしてはきちんとできた方ではないかと思う。採点する人が見たらどうなのか分からないけど……。
終わったことでの安心感からか、ふーっと息を吐いていると、
「お姉ちゃん、お疲れさま」
と、真菜が声をかけてくれた。
「あ、うん、真菜もお疲れさま、ありがと。きつくなってないか?」
「ううん、お姉ちゃんが頑張っているの見るの、私好きだよ。昔は何事も興味がないって感じだったから」
「あ、そ、そんなこともあったな……」
昔をちょっと思い出して、恥ずかしくなっていた私だった。たしかに真菜の言う通り、何もかもが嫌になって興味がなかった時もあった。でも今こうして頑張れているのは、団吉やみんなのおかげだ。恥ずかしさもあるが嬉しかった。
「お疲れさまー、終わったねー、ちゃんとできたかなぁ」
「……お疲れさま」
春奈と佑香も試験が終わってやって来た。
「あ、お疲れさま。まぁみんな頑張ってたから、大丈夫なんじゃないかな」
「そーだね、大丈夫と思うことにしよう! あ、せっかくここまで来たからさ、なんか美味しいもの食べに行かない?」
「……甘い物がいい」
「あー、佑香、甘い物ばかり食べてたら太るよー」
「……春奈に言われたくない」
「あーっ! 佑香ったら生意気なこと言ってー!」
そう言って佑香をポカポカと叩く春奈だった。いつもの光景にホッとしたのか、私は笑ってしまった。
「ま、まあまあ、どこかの喫茶店とかに行ってみようか。真菜も頑張ってくれたお礼におごるよ」
「え!? お、お姉ちゃん、最近おごってばかりだからダメだよ」
「ううん、大丈夫。バイト代もあるし、今日は付き合ってもらったし、そのお礼させて」
「そ、そっか、ありがとう! じゃあケーキがいいかな!」
「あははっ、じゃあ真菜ちゃんのお望み通りケーキを食べに行きますかー!」
春奈が元気よく言ってスマホでこのあたりの喫茶店やカフェを調べているみたいだ。すぐに「あ、この近くにあるよー! 行こ行こー!」と言いながら私と真菜の背中を押した。
あ、帰ったら団吉にRINEしてみようかな。団吉も昨日『試験頑張ってね』とRINEをくれていた。試験が終わってホッとしていた私だった。
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