第6話「新人さん」
大学のオリエンテーション期間が終わり、今日は土曜日。僕はバイトに入ることになっていた。
バイトは高校時代と同じく家の近くのスーパーで続けている。そういえば高校一年生の夏に始めたから、今年の夏で四年目に入るのか。長いこと続けているなと思った。
バイト先のみなさんにもよくしてもらっていて、店長やよく一緒になるパートのおばちゃんから、高校の卒業と大学の入学祝いということで、お菓子をもらってしまった。パートのおばちゃんは「日車くん、いつも頑張ってるからねー偉いわ。うちの子も日車くんを見習ってほしいものだわー」と言っていた。
さて今日もいつものように頑張るかと思ってスーパーに行くと、店長に、「日車くん、ちょっといいかな?」と呼び止められた。何かあったのだろうか。
「は、はい、何かありましたか?」
「あ、いやいや、実はね、今日から新しいバイトの子が入るんだよ。それで日車くんに基本的なことを教えてもらいたいと思ってね、いいかな?」
「あ、はい、分かりました」
「ありがとう、新しい子は高校二年生でね、なんか日車くんが初めてうちに来た時のことを思い出したよ。懐かしいね」
「あ、そうなんですね、僕よりも年下なんですね」
「そうそう、うちで一番若いのは日車くんだったけど、ついに日車くんも先輩になるね。あと今日は悪いんだけど、その子が終わるまで一緒に付き合ってくれないかな?」
「なるほど、分かりました」
「ありがとう、いやー日車くんがいてくれてありがたいよ、あっはっは」
店長がいつものように笑った。そうか、僕より年下の子が入って来るのか。僕も高校時代のことを思い出していた。
「あ、噂をしていたら来たよ、おーい
店長が手招きすると、一人の子がやって来た。女の子か、背は絵菜より少し低いだろうか、長い髪を後ろでまとめていて、クールそうだけど可愛らしい感じがした。
「紹介するね、今日から入る
最上さんは顔を手でかきながら、「も、最上です……よろしくお願いします……」と、少し小さな声で言った。
「あ、ひ、日車です……よ、よろしくお願いします」
うう、やはり初めての人と話すと引っかかってしまう。恥ずかしいが、最上さんは気にしていないようだ。キョロキョロと辺りを見回している。
「あ、じゃあ、まずは清掃からやってみようか、掃除道具があそこにあるから、それ持って一緒に清掃しよう」
僕の提案に、最上さんはコクリと頷いた。二人で清掃をする。なんだろう、こういう時何かを話すべきなのだろうか。よく分からないが最上さんは僕が指示した通りに清掃をこなしてくれた。うん、ちゃんとやってくれる子でよかった。
清掃が終わる頃、開店時間となり、お客様が入って来る。僕が「お客様にいらっしゃいませと、ありがとうございましたって言うの、忘れないようにね」と言うと、最上さんはコクリと頷いた。
「あ、そしたら、品出しと商品のチェックしようか、僕を見ててもらってもいいかな」
僕がそう言うと、最上さんはまたコクリと頷いた。店内を回って商品をチェックしながら、売れて少なくなっているものがあったら補充する。最上さんにも商品を並べてもらった。小さな声だが「いらっしゃいませ」とも言えていて、まぁ最初にしてはちゃんとできているなと思った。
「うんうん、できてるね。あ、そこにも並べてくれるかな」
最上さんがコクリと頷き、商品を並べていると、放送が入り「三番レジをお願いします」と聞こえた。レジにお客様が多くなってきたのだろう。
「あ、そしたらレジの応援に行こうか。僕がやるから横で見ててくれるかな」
最上さんと一緒にレジへ行き、お客様に対応する。商品をスキャンして、ポイントカードがあるか訊いて、会計はセルフになっているので、そちらに案内した。
「こんな感じなんだけど、できそうかな? 僕が横にいるから、ちょっとやってみようか」
最上さんがコクリと頷いた。最上さんは丁寧に一つずつ商品をスキャンして、清算済みのカゴに入れていく。ちょっとゆっくりしすぎかなと思ったが、最初だしいきなり素早くできる人はいないだろう。少しずつ慣れていけばいい……と思っていたのだが、
「ちょっとー、早くしてくれないかしら、こっちも急いでいるのよ」
と、お客様から声がした。最上さんがゆっくりすぎたのだろうか、それでイライラさせてしまったのかもしれない。最上さんを見ると、「す、す……みませ……」とちょっと動揺している感じがした。まずいと思って僕が出る。
「す、すみません、対応しますので、もう少々お待ちください」
「あら、日車くんじゃない、こっちの子は見かけない子ね、初めてなのかしら?」
よく見るとお客様はよく買い物に来られる人で、僕は顔なじみだった。
「あ、はい、今日から入ってもらってて、僕が教えていたところで」
「あらそうなのね、ごめんなさいねきついこと言っちゃって。日車くんはさすが手馴れているわね」
「あ、いえいえ、こちらこそすみません。お待たせしました、一番会計機へどうぞ」
「ありがとう、あなたも頑張ってね」
お客様が会計を済ませて行った。最上さんはまだ動揺している感じがしたので、「そこで僕を見ててね」と言って、僕がもう一人のお客様も対応した。
「……よし、お客様も並んでいないから、ここのレジは閉めておこう。だいたい分かった?」
僕がそう言うと、最上さんはコクリと頷いた。
「うんうん、いきなり素早くできる人はいないからね、少しずつ慣れていくといいよ」
その後、また商品のチェックをしたり、お客様に「しょうゆはどこにありますか?」と訊かれたので案内したり、色々とお仕事をこなしていた。最上さんはキョロキョロとしながらも僕について来て僕の様子をじっくりと見ていた。
「……よし、ちょっと休憩しようか、裏に行こう」
僕と最上さんは一緒にバックヤードへと行った。そこに休憩スペースがある。
「どんな感じか、少しは分かったかな?」
僕がそう訊くと、最上さんは「……う、うん」と小さな声で返事をした。もう少し声を出してほしいかもしれないが、最初からあれやこれやと言うと混乱してしまうだろう。僕はゆっくりでもいいから慣れてほしいなと思った。
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