第5話「新生活」

 四月五日、ついにこの日になった。

 私、沢井絵菜は、今日専門学校の入学式を迎える。高校生活が終わって寂しい気持ちもあったが、今日からは新しい生活だ。気持ちも新たに頑張っていこうと思った。

 高校生の時に進路に悩んでいたが、私はネイルアーティスト、ネイリストという職業に興味を持ち、この創南そうなん総合美容専門学校に入りたいと思った。ここなら高校の時よりもさらに自由度が高く、この金髪でいても大丈夫のようだ。二つの意味でここを選んだというところがある。

 今日の入学式は学校の隣のホールで行われるらしい。保護者も行っていいとのことだったが、母さんは仕事だし、真菜は学校が始まったので、一人で行こうと思った。まぁ、本当は団吉について来てほしかったのだが、団吉も忙しいだろうしそんなわがままは言えなかった。

 駅前から電車に乗って、しばらく揺られて最寄り駅に着き、歩いて学校の隣のホールへと行った。ちょっと早かったかな、受付を済ませて会場にあった椅子に座った。

 ふとスマホを見ると、RINEが来ていた。送ってきたのは団吉だった。


『おはよう、絵菜は今日入学式だよね』

『おはよ、うん、今会場に着いたとこ』

『そっかそっか、ついに新生活だね。緊張してる?』

『う、うん、ちょっとドキドキしてる……』

『うんうん、僕もそんな感じだったよ。楽しい学校生活になるといいね』


 相変わらず団吉は優しかった。その優しいところが大好きなのだが。

 あ、もうすぐ式が始まるのかな、私はそのことを団吉に伝えてスマホをポケットに入れた。

 入学式はなんとなく高校と似ているかなと思った。学校長の挨拶、新入生代表の挨拶、来賓の方の挨拶などがあった。学校長の挨拶が若干長い気がしたが、どこもそんなものだよなと思った。

 私が入るトータルビューティー科というところは、女の人のみだった。美容科の方には男の人もいるが、割合的には女の人の方が多いだろう。周りを見渡しても当然女の人ばかりだ。まぁその方が団吉も安心するだろうな……ん? 何の安心だろうか?

 入学式も終わり、さて適当に帰るかと思っていたら、


「あー、学校長の挨拶、長かったねぇー。なーんか高校の校長思い出しちゃった」


 と、隣の女の人が言った。あれ? 私に話しかけたのかな? と思ってふと見るとさらに隣に女の人がもう一人いる。ああ、そっちの人に話しかけたのかと思って、何も言わないでいると、


「ねえねえ、あなた一人? 綺麗な金髪してるねー」


 と、隣の女の人がまた言った。このあたりで金髪なのは私だけだったので、これは私に言っているのかな……?


「あ、う、うん……」

「あははっ、へぇ、よく見ると可愛いじゃん。ねえねえ、ちょっとこの後お茶しない? 近くに喫茶店あるの見つけてさー」

「え、あ、そ、その……」

「いいじゃんいいじゃん、行こーよ。よし、佑香ゆうかも行くよー!」


 そう言って隣の女の人はさらに隣の女の人の肩をポンポンと叩いた。佑香と呼ばれたその人は何も言わずスッと立ち上がり、先に行こうとしている。


「あ、もー佑香ったらー待ってよー、よし、私たちも行こ行こー」


 そう言って隣の女の人が私の左手を握った。え? いや、あの……どういうこと……?



 * * *



 何が何だかよく分からないまま、私たちは学校の近くの喫茶店に来ていた。駅前の喫茶店と雰囲気が似ているなと思った。


「あははっ、ごめんねー急に誘っちゃって。あ、まだ自己紹介してなかったね、私は池内春奈いけうちはるなと言いますっ! あなたは?」


 入学式で隣に座っていた女の人がそう言った後オレンジジュースを飲んだ。


「あ、さ、沢井絵菜と……いいます……」


 なんだろう、初めての人と話す時はちょっと引っかかってしまう。昔からそんなに友達が多かったわけじゃないしな……一時期は近寄らせないようにもしていたし。まぁ、それでも優子ゆうこ……あ、高梨優子たかなしゆうこという私の一番の友達なのだが、優子だけは私に話しかけてくれていたな。


「そっかー絵菜ちゃんかー、あ、私のことは春奈って呼んでいいから! あとこっちにいるのは鍵山佑香かぎやまゆうかっていうんだー。ほら佑香、なんか言いなよー」


 春奈という人はそう言って佑香という人の肩をポンポンと叩いた。


「……どうも、鍵山です」

「あ、ど、どうも……」


 なんだろう、佑香という人はあまり目線を合わせてくれない。人見知りするタイプなのだろうか。ま、まぁ、私も似たようなものだけど。


「あははっ、ごめんねー、佑香って話すのがあんまり得意じゃなくてさー、あ、私が話しすぎてるのかも!」

「……それはある」

「あーっ、それはあるじゃないよー! もー生意気なこと言ってー!」


 春奈という人が佑香という人をポカポカと叩いている。この二人は知り合いっぽいな……仲良しといっていいのだろうか。


「私と佑香は高校が一緒でねー、たまたま専門学校も一緒になったんだけど、絵菜ちゃんは知り合いいるの?」

「あ、いや、知り合いはいなくて……」

「そっかー、ちょっと寂しいね。よし、ここは私と佑香がお友達になってあげようではないか!」

「……勝手に決めるの、相手に失礼」

「えー、ダメかなぁ、せっかくこうして同じ学校に通うことになったんだしー。あ、一人だけ絵菜ちゃんというのも恥ずかしいか、絵菜って呼んでもいい?」

「あ、う、うん……」

「あははっ、よかったーダメって言われたらどうしようと思ったー。じゃあ絵菜、これからよろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


 そう言って二人が右手をグーにして出してきた。あ、ああ、グータッチか。そういえば高校の頃に団吉たちとよくやっていたなと思い出した。

 私も右手を出して「よ、よろしくお願いします……」と言って、三人でグータッチをする。いきなりのことで驚きっぱなしだが、二人とも悪い人ではない……と思いたい。

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