第118話「バレンタインデー」

 二月十四日、今日はバレンタインデーだ。

 私はこの前団吉の家で作ったチョコを持って学校へ行った。そういえば団吉はもう春休みだと言っていたな、大学は早いのだなと思った。

 学校にはもちろん女性が多いのだが、春奈と佑香と友チョコを交換しようと話していたのだ。なんかそれも不思議な感じがするが、私は嬉しかった。

 専門学校に入って、高校時代のみんなとはバラバラになってしまったから、また一人になるのかなと思っていたが、春奈や佑香が話しかけてくれて、そして小寺も話すようになって、私は一人ではないと思えるようになった。それもまた嬉しかった。


「あー、今日も終わったねー、なんだか疲れちゃったなー」


 今日の授業が終わり、隣で春奈が伸びをしながら言った。佑香もふーっと息を吐いている。


「ああ、お疲れさま……って、今日は春奈と佑香に渡したいものがあるんだった」


 私はそう言って鞄を漁った。春奈が「えーなになにー?」と言いながらこちらを覗き込んでいた。


「はい、今日はバレンタインデーだから、二人にも友チョコを渡そうと思って」


 私はチョコの包みを二人に差し出した。


「ああ! そうだった! 絵菜、ありがとー! ふっふっふ、もちろん私も忘れてなかったよー! 持って来たからねー」

「……絵菜、ありがとう」

「いえいえ、食べてもらえると嬉しい」


 感謝されると嬉しくなるものだな……と思っていたら、春奈が「じゃじゃーん!」と言いながら私と佑香に可愛らしい包みを差し出した。


「さぁ二人とも、賄賂を受け取ってくれないか!」

「わ、賄賂って言い方はどうかと思うけど、あ、ありがと」

「……春奈もありがとう。あ、私も二人に持って来た……」


 今度は佑香が可愛らしい包みを私と春奈に差し出して来た。


「……た、たぶん美味しいと思う」

「ああ、佑香もありがと」

「おほー! 佑香、ありがとー! いいねぇ、べっぴんさん二人からチョコもらっちゃったー! ふふふ、ありがたく食べよーっと!」


 春奈が嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。さ、さっきから春奈がどこかおじさんくさいが、言うと怒られそうなのでやめておいた。


「あれ? そういや絵菜のチョコ、なんか手作りっぽくない?」

「あ、うん、団吉の家で妹さんたちと一緒に作った。たぶん味は大丈夫だと思う」

「ええー! そーなんだねー、絵菜の手作りか、ヤバい、テンション上がるー!」

「……絵菜、すごい」

「いや、私は料理が苦手だからな……みんながいてくれるから出来てるだけで」

「あははっ、でもさー、愛しの団吉さんに美味しいもの食べてもらわないといけないから、絵菜も頑張らなきゃねー」

「……団吉さんも待ってる」

「え!? あ、まぁ、それはたしかに……もっと料理ができるようになりたい」


 恥ずかしくなって俯く私だった。


「うんうん、あ、そうだ、こ、小寺にも一応持って来たんだけど、わ、渡しに行かない?」

「ああ、そうだな、私も持って来た。美容科の教室に行ってみようか」


 私たちは美容科の教室に行くことにした。佑香が恥ずかしそうだな……でも手には小寺へのチョコだろう、包みをしっかりと持っていた。

 小寺はいるかな……と美容科の教室を覗いていると、


「――あ、池内さんに鍵山さんに沢井さん!」


 と、後ろから私たちを呼ぶ声がした。振り向くと小寺がいた。


「あ、ああ、小寺、ちょうどいいところに、あ、あのさ、今日何の日か知ってる?」

「ん? 今日? 二月十四日だけど……あ、バレンタインデーか」

「そ、そうそう、それでさ、チョコ持って来たんだけど……あんたにもあげる……」


 そう言って春奈が恥ずかしそうに可愛らしい包みを小寺に差し出した。


「ええ!? そ、そうなんだね、ありがとう! 嬉しいよ」

「あ、私も小寺に……よかったら食べて」

「ええ!? 沢井さんもなのか、ありがとう! なんだろう、今日はいい日だ!」


 小寺があっはっはと笑った。佑香は恥ずかしそうに小寺を見ているような見ていないような、でも勇気を出したのか、


「……こ、小寺、わ、私も、チョコ……もらってくれると嬉しい」


 と、顔を真っ赤にして言った。


「ええ!? 鍵山さんもか、ありがとう! 嬉しいなー、まさか三人にもらえるとは思わなかったよ!」

「い、いや、まぁ、小寺には助けてもらったしさ、こういうこともたまにはいいかなーなんて……あはは」

「うんうん、その気持ちが嬉しいよ! ああ、池内さんにチョコもらったの久しぶりな気がするよ! あれは小学生の時、まだお小遣いがそんなになかったと思うのに、チョコをもらったことがあったね!」

「ああ、そんなこともあった……って、い、今更そんな昔のこと掘り返すなーっ!」

「ガーン! な、なんで俺怒られてるの!? ほ、本当のことだよね!? 俺の勘違いとかじゃないよね!?」

「あ、ああ、勘違いではない……けど、なんかムカつくー! くそー小寺めー!」

「ガーン! 鍵山さん、沢井さん、助けてくれないか~」


 春奈が小寺をポカポカと叩いている。なんかいつもの光景になってきたな……その様子が可笑しくてつい笑ってしまった。


「ま、まあまあ、そのへんで……って、こうやって止めているとやっぱり昔を思い出してしまう……まぁいいか」

「あ、そうだ、三人ともこの後時間ある? よかったらハンバーガーでも食べに行かない? 俺お腹空いてさ」

「あ、ああ、私は大丈夫……絵菜と佑香も行くでしょ?」

「ああ、私も大丈夫」

「……わ、私も……」

「よし! みんなで行こう! なんかとても嬉しい気持ちになったよ! 三人ともありがとう!」


 ありがとうと言われるとやっぱり嬉しくなるな……そんなことを思っていた私だった。

 それから四人でハンバーガーを食べに行った。小寺の隣に座った佑香がまた顔を赤くして小寺をなかなか見れないでいた。でもちゃんとチョコを渡せたのだ。二人がこれからもっと仲良くなって、いずれお付き合いでも……って、まぁ慌ててもいいことないしな、二人のペースで頑張ってほしいなと思った。

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