第119話「衝突」

 バレンタインデーも過ぎ、春休み真っただ中。僕はバイトに入る日が増えていた。

 店長は「日車くんが頑張ってくれるのは嬉しいけど、あまり無理しすぎないでね」と言っていた。たしかに無理をして体調を崩したりするとよくない。気をつけておかないといけないなと思っていた。

 そういえば、サークルメンバーは全員次の学年に進級できることを聞いた。よかったよかった。でもこれからも油断しないようにしないと、単位が足りないなどとなったら後が大変だ。

 今日はバイトも休みを入れて、家でのんびりと本を読んでいた。成瀬先輩が以前読んでいた恋愛小説を読んでいる。たしかにちょっと切なくて、感動するお話だ。今度成瀬先輩とこの小説についてお話したいなと思った。


 ピンポーン。

 

 そんな感じでのんびりしていると、インターホンが鳴った。あれ? 何か宅配便かな? と思って日向と出てみると、なんと東城さんがいた。


「あ、東城さんだ! こんにち――」

「ああ、東城さん、こんにち――」


 そこまで言って、僕と日向は固まってしまった。なぜかというと、東城さんの様子がいつもと違ったからだ。いつもなら『団吉さん!』と言って明るく接してくるのだが、そこにいた東城さんはちょっと下を向いて、表情も暗い。どうしたのだろうか。


「……あ、あれ? 東城さん……?」

「……団吉さん」


 そう言って東城さんは僕に近づき、ぎゅっと抱きついて来た……って、えええ!? と、東城さん!? と思ったが、肩が震えている。ぐすんぐすんと鼻をすする音も聞こえる。も、もしかして泣いている……?


「……と、東城さん……? ど、どうしたの? 何かあった?」

「……すみません、私、アイドル活動を辞めることになるかもしれません……」

「……ええ!? な、なんで……? あ、こ、ここで話すのもあれだから、上がって……」


 とりあえずうちに上がってもらうことにした。東城さんは小さな声で「……おじゃまします」と言って上がった。リビングに案内する。


「あら、麻里奈ちゃんじゃない、こんにちは」

「……こんにちは、すみません、おじゃまします」

「……あらあら、何か深刻そうな顔してるわね、ちょっと待っててね、あたたかいコーヒー淹れてくるわ」


 母さんがキッチンへと行った。


「東城さん、アイドル活動を辞めるって、本当ですか……?」


 日向が心配そうに東城さんに訊いた。


「……うん、もうダメかも。メロディスターズがバラバラになっちゃう……」


 そう言って東城さんは目元を抑えた。たぶんまた泣いているのだろう。僕は大急ぎでハンカチを取りに行って、東城さんに差し出した。


「東城さん、どうぞ。涙拭いて」

「……ありがとうございます。団吉さん、優しい……」

「いえいえ。東城さん、詳しいこと話せる? メロディスターズがバラバラになるって言ってたけど……」

「……実は先日、ゆかりんとしおみんが衝突して、あきりんとゆきみんも『もういい!』って呆れて帰ってしまって……原因はしおみんがちょっと遅刻癖があるからなのですが、ゆかりんがそのことを注意したら、しおみんも今までの不満みたいなものが爆発してしまって……私、どうしたらいいのか分からなくなって……」


 そこまで話して、また東城さんは下を向いた。こんなに元気がない東城さんは初めて見た。なるほど、メンバー同士の衝突か……。


「そっか……難しい問題だね。もちろん遅刻というのはよくないけど、しおみんもきっと引くに引けなくなっちゃったんじゃないかな」

「……はい、遅刻はたしかによくないのですが、しおみんも今まで我慢してきたことがあったんだなって……私、みんな仲が良いメロディスターズが好きで、ずっと仲良くやっていくんだと思っていたのに……私一番年下だから、何も言えなくて……そんな自分も情けないなって……」

「そ、そんなことないですよ! 私もみなさんが仲が良いの、感じていました!」

「うん、東城さん、情けないなんてことはないよ。僕もいつもみなさん仲が良いんだなって思ってたよ。たしかにちょっとしたことで衝突してしまったけど、これからまた仲直りする機会があるんじゃないかな」


 僕たちが話していると、母さんがコーヒーを持って来てくれた。


「麻里奈ちゃん、大丈夫よ。何も言えなかったことは悪いことではないわ。逆上している人にあれこれ言っても聞いてもらえないからね。一旦落ち着くのを待って、それから麻里奈ちゃんの気持ちを伝えるといいわ。麻里奈ちゃんはこれからもみんなで仲良くやっていきたいんでしょ?」

「……はい、またメンバーが元に戻って、みなさんに笑顔をお届けしたいなって……」

「その気持ちが大事よ。麻里奈ちゃんは一番年下かもしれないけど、一番大人なのかもしれないわね。麻里奈ちゃんの気持ちをみんなに伝えることができれば、きっと分かってくれるわ」

「うん、僕も母さんと同じことを思ってたよ。東城さん、自分を責めちゃダメだからね。これで終わりというわけではないし、東城さんが元気を見せたら、みなさん分かってくれるよ」

「そうですよ! 東城さん、私たちも応援してます! 辞めるなんて寂しいこと言わないでください……!」


 僕と日向と母さんが、東城さんにエールを送る。悲しそうな顔をしていた東城さんが少し明るくなって、


「……ありがとうございます。こういう時こそ、私がしっかりしないといけないですね。うん、いつまでもめそめそしてちゃダメだな。私、みんなに自分の気持ちを話してみます。勇気が出ました」


 と言って、拳をぐっと握った。なんかその仕草も可愛らしいなと思った。


「うんうん、あ、僕からもゆかりんにRINE送ってみようかな、東城さんを悲しませないでって……それは失礼なのかな」

「あはは、いえいえ、団吉さんからRINEもらったら、みんなに伝わってまたみんなからRINEが飛んでくると思います」

「あ、そ、そっか、それもまた恥ずかしいな……ま、まぁいいか。東城さん、少しは元気出たかな?」

「はい、こういう時こそ笑顔にならないといけないですね! ありがとうございます! あ、また抱きついてもいいですか? 団吉さんの温もりも優しくて」

「ええ!? い、いや、それは天野くんにしてあげた方がいいんじゃないかな……あはは」


 東城さんが「えー」と言って頬を膨らませた。それを見て日向と母さんは笑った。う、うう、こんな可愛い子に抱きつかれると恥ずかしい……。

 そ、それはいいとして、アイドルとはいえみんな人間だ、衝突することもあるだろう。なんとか乗り越えて、これまで通り笑顔で頑張ってほしいなと思った。

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