第13話「いつもの四人で」

「おーっす、久しぶりだな、みんな上がってくれー」


 火野が僕たちを部屋へ招き入れた。ある日曜日、僕と絵菜と高梨さんは、一人暮らしをしている火野の家に遊びに来ていた。

 火野が一人暮らしをしている家は僕たちの地元からちょっと離れたところにあって、電車も一度乗り換えなければならない。でも思っていたよりもあっという間に着いたなと思った。

 駅からも歩いて十分くらいと近く、さらに体育大学までも十分くらい歩けば着くらしい。周辺は住宅街という感じで、コンビニも近くにある。なかなかいいところに住んでいるなと思った。


「やっほー、おじゃましまーす。陽くんさすがだねー、ちゃんと片付けられてるねぇ!」


 部屋を見渡しながら高梨さんが言った。八畳くらいの部屋に、キッチンとトイレとお風呂場があるみたいだ。大きなクローゼットもある。部屋は綺麗に片付けられていて、そういえば火野は実家でもこんな感じだったなと思い出した。


「いやいや、みんなが来るからちゃんと掃除したんだぜー、いつもはもっと散らかってるというか」

「いや、火野は綺麗好きだから、普段もそんなに散らかしてないんだろ」

「おっ、さすが団吉、分かってるな。まぁそんなとこかもしれねぇな」


 火野があははと笑った。久しぶりに会ったが笑顔が爽やかでイケメンなのは変わらなかった。これで運動もできるんだから、そりゃ女性にモテるはずだよ……。


「みんな適当に座ってくれー、あ、何か飲むか……って、しまった、ジュース買っておけばよかったなぁ」

「あ、来るときにジュース買ってきた。火野、コップある?」

「おお、沢井サンキュー、コップならあるぜ」


 火野がコップを出してくれた。そのコップに絵菜がジュースを注いだ。


「じゃあ、久々の再会ということで、乾杯しようぜ。まぁまだお酒は無理なんだけどさ」


 みんなで「かんぱーい!」と言ってコップを軽く当てた。


「みんなどうだ? 新生活は慣れてきたか? 俺はなんとか一人暮らしできてるよ。団吉にはかなわねぇけど、料理も作るようになったしさ」

「おおー、陽くんすごいねぇ! 私もなんとか慣れてきたよー、都会まで通うのが大変だけど、まぁそれも楽しいっていうかさー」


 ちなみに火野と高梨さんはお付き合いをしている。高校一年生の時、二人が同じように僕に恋愛相談をしてきたのが懐かしく思えた。


「優子も毎日楽しいってRINEでは聞いてたから、よかったぜ。団吉と沢井はどうだ?」

「あ、僕もなんとか頑張ってるよ。講義もちゃんと受けてるし、サークルにも入ったし」

「わ、私もなんとか頑張ってる……最初は寂しかったけど、話せる人もできたし。あ、そうだ」


 絵菜がそう言って鞄を漁っている。何かあるのだろうか。


「優子、手出して。ちょっとだけ爪の磨き方習ったから、やってみたいと思って」


 絵菜が取り出したのはシート型の爪磨きのようだ。なるほど、学校で習ったのか。


「おおー! 絵菜すごいねぇ! じゃあやってもらおーっと」

「う、うん、優子は相変わらず手も綺麗だな……負けてる……」

「何言ってんのー、絵菜だって綺麗だよー。ああ、絵菜の可愛さに久しぶりに触れると食べたくなっちゃうねぇ……ふふふふふ」

「た、高梨さん心の声が……って、このやりとり久しぶりだね」


 僕が思わず笑うと、みんなも笑った。高校時代はよくこうして四人集まって話したり、勉強したり、遊んだりしていたものだ。


「……こ、こんな感じかな、まだ軽く磨くくらいしかできないけど」

「おおー! なんかすっごく綺麗になったー! ピカピカだよー、絵菜、ありがとー!」


 高梨さんが手を見せてきた。おお、たしかに爪が輝いて見える。軽くと絵菜は言っていたけど、すごいなと思った。


「あ、せっかくなら陽くんと日車くんもやってもらいなよー、男性も綺麗にしておかないとねー」

「え!? ぼ、僕たちも……!?」

「お、おお、爪なんて磨いたことねぇから、なんか自分で見ると汚く見えるな」


 結局僕と火野も絵菜に爪を綺麗に磨いてもらった。お、おお、なんか違う……! いつも見ている自分の手ではないような気がした。


「サンキュー、すげぇな沢井、こんなことできるのかー、なんかカッコいいな」

「あ、いや、まだこのくらいしかできないから……なんか、初めてみんなの役に立った気がする」

「ううん、絵菜すごいよ、こうしてどんどん技術を磨いていくんだね」

「あ、ありがと、そう言われると恥ずかしいな……」


 絵菜が恥ずかしそうにちょっとだけ下を向いた。


「うんうん、絵菜がもっともっとプロになったら、私絵菜のところに通っちゃいそうだよー」

「ま、まぁ、優子は特別に割引料金で……」

「あ、やっぱりお金はとるんだねー、当たり前か」

「ふふっ、冗談だよ。優子はタダでやってあげる」

「あー、絵菜ったら、いつの間にか冗談までうまくなっちゃってー、このこのー」


 そう言って高梨さんが絵菜に抱きついた。


「あはは、なんだかこうしてるとさ、高校の時思い出すなー。みんなで色々なことしたなー」

「そうだね、みんなで夏休みに集まって課題やったりね」

「うっ、日車くんそれは言わないで~、苦しかった過去を思い出したよー……って、あれ?」


 高梨さんが自分の後ろのあたりを見ながら何かを言いかけた。


「ん? 優子、どうした?」

「あ、いや、何かが動いたような……って、い、いやあああぁぁぁーーーー!!」


 突然高梨さんが叫んだと思ったら、たまたま隣にいた僕にガバッと抱きついてきた。え、えええ!? な、何が起きてるの!?


「た、高梨さん!? な、何!? どどどどうしたの!?」

「い、今そこで、緑色の何かが動いて……何か、何かが……!」

「ん? 緑色の何か……?」

「……あ、これカナブンだな、わりぃ、ここ二階だからさ、たまーにだけど虫も飛んでるっていうかさ」


 火野がカナブンを手で掴んで、窓から外へ出した。


「……優子? 誰にくっついてるのかな……?」

「……はっ!? ごごごごめんね日車くん、あ、絵菜に謝った方がいいのかな、ごめん絵菜! もーよく分からない!」


 パッと僕から離れた高梨さんだった。以前日向が言っていたが、美人の高梨さんは抱きつくといいにおいがすると……たしかに……と思ってしまった僕はもう立派な変態です。捕まえてください。


「ま、まあまあ、そういえば優子は虫が苦手だったな、もう大丈夫だから。沢井も許してやってくれよ」


 慌ててフォローする火野だった。

 ま、まぁ、そんなこともあったが、その日は四人で楽しい思い出話に花を咲かせていた。

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