第14話「歓迎会」

「よーし、みんな揃ったね、じゃあ行くとしますかー!」


 川倉先輩が右手を挙げると、慶太先輩、成瀬先輩が「おー!」と言いながら右手を挙げた。ぼ、僕と拓海も流れで一応右手を挙げるが、何のことか分からなかった。


「あ、あの、先輩方、行くってどこに……?」

「ふっふっふー、とっておきの場所だよー!」


 川倉先輩が僕の右手と拓海の左手をとって、ふんふーんと鼻歌を歌いながら歩き始めた。ちょっとドキッとしてしまったが、拓海を見ると顔が赤い。どうやら同じ気持ちのようだ。

 ある日、講義が終わって研究棟に行くと、サークルの先輩方が先に来ていて何やら話していた。何の話かは分からなかったが、今日はこれから行くところがあるらしい。どこなんだろうと思ってついて行くと――


「着いたよー、さぁ今日はここで盛り上がりましょう!」


 僕たちは大学近くのとあるお店の前にやって来た。お店の入り口の上には『酒処 八神やがみ』と書いてある。ということは居酒屋だろうか。ま、まさかこういうところに来るとは思っていなくて、僕は少しドキドキしていた。


「な、なるほど、居酒屋さんですか……あまり行ったことがなくて」

「おお、団吉くんはあまり経験がないのだね、ボクが何でも教えてあげようではな――」

「はいはい、慶太のうんちくはいいから、みんな入ろうー!」


 川倉先輩を先頭にして、お店に入る。カウンター席と座敷席があり、そんなに広いというわけではないが、メニューがたくさん壁に書かれてあって、居酒屋とはこういうところなのかと思った。


「大将、こんにちはー!」

「おー、亜香里ちゃんたちじゃねぇか! いらっしゃい。奥に座ってくれー」


 大将と呼ばれた男性が僕たちを案内してくれた。奥の座敷席に五人で座る。


「ここはね、写真研究会が昔からよく来ているお店なんだー。あ、紹介するね、こちらが大将の八神宗吉やがみそうきちさん。大将、こちらが新しく入った二人です!」

「おお、こんにちは、八神です。話は亜香里ちゃんから聞いていたよ」

「は、はじめまして! 印藤拓海といいます!」

「は、はじめまして、日車団吉といいます……よ、よろしくお願いします」


 どう挨拶していいのか分からなかったが、とりあえず自己紹介をしてお辞儀をした。


「ほう、拓海くんに団吉くんか、団吉くんは俺と一緒で『吉』がつくじゃねぇか! いい名前だ! 今日は気分がいいな!」


 大将があっはっはと笑った。と、とりあえず僕も同じように笑っておくことにした。


「それで、酒が呑めるのは誰だい? 未成年はジュースを出すよ!」

「あ、私は当然として、蓮ちゃんが二十歳になったので、お酒が呑めるらしいです。男性陣三人はまだ未成年で」

「そうなんです、四月生まれなので二十歳になりました。家でお酒を呑んでみたのですが、美味しいですね」

「そうかそうか、分かった、適当に料理も選んでくれ!」


 大将がメニューを見せてくれた。唐揚げ、刺身の盛り合わせ、チャンジャ、ピリ辛大根、玉子焼きなど、種類は色々あるようだ……チャンジャってなんだろう?

 ……って、ここまできて僕は思い出した。母さんに夕飯はいらないと連絡しておかないと。


「あ、母に夕飯はいらないと連絡しておきます」

「ああ、団吉くんは実家だったね、うんうん、伝えておいてー。さぁじゃんじゃん頼もうかー」


 川倉先輩が仕切って、注文していく。先輩方三人は慣れているのか、決めるのも早かった。


「よし、一通りこんなもんかな、大将、先に飲み物お願いしまーす!」

「おう、すぐ持って行くよ!」


 少し待つと、大将が飲み物を持って来てくれた。川倉先輩と成瀬先輩はビール、慶太先輩と拓海と僕はコーラだ。


「よーし、飲み物がそろったところで、改めて……団吉くんと印藤くんの歓迎会をはじめまーす! 二人ともようこそ写真研究会へ! かんぱーい!」


 みんなで「かんぱーい!」と言ってグラスを当てた。まさか歓迎会を開いてくれるとは想像していなかったが、これも大人になる第一歩なのかもしれない。


「ぷはぁー、ビールがうまい!」

「ほんとですね、美味しいです。染み渡るというか」


 女性二人がそう言って笑っている。僕はまだ未成年なのでお酒は呑めないが、そういえば僕の祖父も僕と一緒にお酒が呑みたいと言っていたなと思い出した。


「蓮さんはいいなぁ、ボクは誕生日が七月だから、もう少し我慢しないといけないよ」

「ふふふ、慶太くんももう少しで分かりますよ、このお酒の美味しさが」


 成瀬先輩がどんどんビールを呑んでいる。ほ、ほんとに大丈夫なのだろうかと思ったが、言わないことにした。

 みんなでわいわい話していると料理が運ばれてきた。おお、唐揚げが美味しそうだ。僕も一ついただく……うん、揚げたてでパリッとしていて中がジューシーでとても美味しい。


「あー、お酒がうまい! そういえば『団吉くん』って呼んでるのに、『印藤くん』はちょっとかわいそうだねー、拓海くんって呼んでいい?」

「あ、は、はい、大丈夫です」

「あはは、ありがとー。ねえねえ拓海くん呑んでる~? って、お酒じゃなかったか」


 な、なんだろう、川倉先輩は酔うとさらにおしゃべりになるのだろうか。隣にいた拓海にめちゃくちゃ絡んでいて、拓海はコーラなのに顔を赤くしながら返事をしていた。

 そしてふと僕の横を見ると、静かに呑んでいる成瀬先輩がいた。


「あ、成瀬先輩、お酒って美味しいですか?」

「ふふふ、美味しいですよ。大人の味がしますね。実家でも父がよく呑んでいます。団吉さんのお家はお父さんが呑んだりしますか?」

「うちは祖父もよく呑むし、父も夕飯の時に晩酌をしていた記憶があります」

「ふふふ、そうなんですね……って、あれ? 『していた』って……?」

「あ、うちは父が僕が小さい頃に亡くなってしまったので、昔の記憶なんです」

「あ、そ、そうなんですね、すみません、変なことを訊いてしまいました……」


 成瀬先輩がちょっと下を向いたので、慌てて「大丈夫ですよ、気にしないでください」と声をかけた。

 そう、何を呑んでいたかはさすがに覚えていないが、父さんもよく晩酌をしていた記憶がある。今いたら祖父と同じように僕と一緒に呑みたいと思ってくれていたかな。

 少しずつ大人になっていく気がして、僕は嬉しかったが、女性二人の呑みっぷりに驚かされるのはもう少し先だった。

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