第9話「絵菜の勘」

 次の日の日曜日、僕は駅前へ向かった。

 今日は絵菜と一緒に出かける予定にしていた。絵菜はこの間入学式があったし、僕もここのところ大学に行くことが多くて忙しかった。会うのが久しぶりで、僕は嬉しかった。

 待ち合わせの時間に遅れないように駅前へ行くと、絵菜が来ていたようで僕を見つけて駆け寄ってきた。


「ごめん、待たせたかな」

「ううん、私もさっき来た。なんか会うの久しぶりだな」

「ほんとだね、やっぱり学校が違うとなかなか会えないのか……」

「うん……やっぱり寂しい。でも、団吉がいないことにも慣れないとと思って」

「そっか、まぁ前にも言ったように、僕は絵菜が寂しいと思ったらすぐ飛んでいくからね」


 僕がそう言うと、絵菜がニコッと笑って僕の左手を握った。今日も絵菜が可愛かった。

 この間大学から歩いて行けるところに商業施設があることを知って、今日はそこに行くことにした。二人で駅前から電車に乗る。大学の最寄り駅に着いて、少し歩いた。


「ここ、団吉が通ってるんだよな」

「うん、少しずつ慣れてきたけど、朝はやっぱり人が多いね」

「そっか、あ、電車は降りる駅は違うけど私も同じ路線を使うし、もしかして朝一緒に行ける日もあるかな……?」

「ああ、そうだね、僕も一限から講義がある日は一緒に行けるかも。そうしようか」

「うん、また一緒に通学したい」


 そんなことを話しながら商業施設についた。ショッピングモールよりは小さいけど、ここもなかなかの大きさで色々なお店が入っている。二人で見て回ることにした。


「春物の服が売ってるな、私は着てない服を処分しないと……」

「あ、絵菜も? 僕ももう着ていない服は処分しようかと思っていたよ。ずっととっておいても仕方ないしね」

「ふふっ、同じだな、なんか嬉しい」


 小さなことに嬉しさを感じる絵菜が可愛かった。


「あ、このミニクロワッサン、なんかテレビで見た気がする」

「ああ、そうなんだね、いいにおいがするね、買ってみようか」

「うん、お昼に食べるのもありだな、ここもフードエリアがあったし」


 プレーンとチョコのミニクロワッサンをいくつか買って、フードエリアに移動した。飲み物を買おうかと思って、僕はコーラ、絵菜はオレンジジュースをそれぞれ買って空いている席に座る。


「食べてみようか、いただきます……あ、プレーン美味しい」

「うん、チョコも美味しい。あとで母さんと真菜にも買っていこうかな」

「ああ、じゃあ僕も母さんと日向に買っていこうかな」


 二人でミニクロワッサンを食べていると、


「団吉は、大学で友達できた……?」


 と、絵菜が恥ずかしそうに訊いてきた。あれ? そんなに恥ずかしいことかな?


「あ、うん、印藤拓海くんっていう、たまたま隣に座ってた人とよく話すようになったよ。高校の時の友達はみんなバラバラになっちゃったし、また一人になるのかなってちょっと思っちゃったけどね」

「そっか、よかったな。高校の時のみんなは元気に頑張ってるのかな」

「たぶんみんな頑張ってると思うよ。絵菜は友達できた? って、まだ入学式しかなかったと思うけど」

「あ、うん、入学式で隣だった人たちと話した。私も一人になるのかなって思ったけど」

「そっかそっか、よかったね。美容専門学校って技術的なことがなんだか難しそうだね」

「うん、まだどんな感じかは分からないけど、実習とかもありそう。頑張らないと……」


 そっか、絵菜も友達ができたのか。なんだか自分のことのように嬉しくなった。僕も絵菜も高校の最初の頃はいつも一人でいた。そして絵菜と話すようになって、友達も少しずつ増えていって、楽しい日々を過ごしてきたのだ。


「……なぁ、団吉、ごめん、友達ってほんとにその男の人だけか……?」

「え? う、うん、そうだけど……あ、友達というか、川倉先輩と慶太先輩とも会ったけど、友達はその人だけだよ」

「そ、そっか……いや、なんか他に女の人がいる気がして……」


 絵菜が小さな声で言った。女の人? 川倉先輩は女の人だけど、絵菜も知ってるしな……他に女の人の知り合いはいな――


「……あ、そ、そういえば、バイト先に年下の女の子が入ってきたよ。ちょっと話はしたけど……も、もしかしてその子かな……」

「そ、そっか、ごめん、また変なこと訊いちゃった……」

「いや、いいんだけど、やっぱり絵菜は勘が鋭いね……」

「うん、私の中の秘めた力だからな。すぐ分かるというか」


 絵菜がまた中二みたいなことを言った。そう、昔から絵菜は勘が鋭かった。真菜ちゃんもお姉ちゃんには嘘がつけないと言っていたので、やっぱり絵菜の中の秘めた力なのだろう。


「そ、その年下の女の子は、可愛いのか……?」

「え、あ、おとなしい感じかな、可愛らしいといえばそうだけど、な、何もないからね?」

「そ、そっか、うん、私は団吉を信じてるから……」

「ありがとう……って、こういう話してると、絵菜にも男の人が言い寄って来てないか気になってきた……!」

「ふふっ、大丈夫だよ、私の学校は女の人が多いから。男の人もいないことはないけど、接することはあまりないと思う」

「そ、そっか……なんか、学校が違うって気になるもんだね……」


 今までずっと一緒にいただけに、離れてみるとやっぱり気になることもあるんだなと思った。絵菜を不安な気持ちにはさせたくない。その思いは僕の中で強かった。


「そうだ、絵菜、気になることがあったらなんでも訊いてね。僕も隠さずに話すから。僕から訊くこともあるかもしれないけど」

「うん、分かった。団吉はやっぱり優しいな。あ、そんな団吉を好きになる子がいてもおかしくないな……ブツブツ」

「え、絵菜? なんかブツブツ言ってるけど……?」


 ま、まぁ、そんなこともあったが、その後も二人で商業施設を見て回った。途中で本屋に寄ると絵菜が「また私が読めそうな本を教えてくれないか?」と言っていた。本を読むのが趣味の僕は、絵菜が少しずつ本が読めるようになってきて嬉しかった。

 毎日会うのはさすがに難しいけど、こうして会える日は大事にしたい。絵菜もそう思ってくれているかな。可愛い絵菜の笑顔を見ていると、僕は嬉しくなっていた。

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