第22話「誕生日」

 五月五日、ついにこの日がやって来た。

 もちろん、僕の誕生日だ。今年はなんと二十歳になる。大人への仲間入りという感じで、ちょっと不思議な気持ちになるのは気のせいだろうか。

 そして今日と明日は、なんと絵菜と真菜ちゃんが泊まりに来てくれることになっている。『団吉の二十歳をお祝いしたい』と絵菜がRINEで言っていた。僕も楽しみにしていた。


「お兄ちゃん、絵菜さんたちまだかなぁー?」


 バタバタと動いてあちこち掃除や片づけをしている日向が言った。


「ああ、もう少ししたら行くって言ってたから、もうすぐ来るんじゃないかな」

「そっかー、しかし何といっても今日はお兄ちゃんの誕生日だよね! みるくもお祝いしてるよー!」


 日向の足元でみるくが「みゃー」と鳴いた。


「そっか、ありがとう。ほんとに二十歳になったんだな……」

「ふふふ、団吉も二十歳ね、我が子の成長にお母さん嬉しくなるわーって、あまり言うとおばさんっぽいからやめておいた方がよさそうね」

「ま、まぁ、自分でもちょっとびっくりしているというか……あはは」


 そんな話をしていると、インターホンが鳴った。出ると絵菜と真菜ちゃんが荷物を持って来ていた。


「こ、こんにちは、来てしまった」

「お兄様、日向ちゃん、こんにちは!」

「絵菜さん、真菜ちゃんいらっしゃいませー、ささ、いつものようにお席は用意してありますので」

「おーい、いつも思うけどここはお店か?」


 僕と日向のやりとりに、絵菜と真菜ちゃんが笑った。相変わらずだなと思われていそうだな……。

 リビングに案内すると、母さんがアイスコーヒーとお菓子を持って来てくれた。


「いらっしゃい、二人ともゆっくりしていってね」

「あ、こんにちは、おじゃまします」

「お母さんこんにちは! すみません私とお姉ちゃんがお世話になります」

「いえいえー、団吉も日向も楽しみにしてたみたいだからね。ふふふ、やっぱり娘が増えたみたいでお母さんも嬉しいわー」


 そんな感じで盛り上がる我が家……なのだが、いつものように男は僕一人だ。うう、なんか嫌な予感がするのは気のせいだろうか……いや、二人が来てくれたことを素直に喜ぶようにしようか。


「あ、団吉、誕生日おめでと。これ、私と真菜から誕生日プレゼント」

「お兄様、お誕生日おめでとうございます! 今年も二人で選んできました」

「え!? あ、ありがとう、ごめん、また気を遣わせたみたいで……」

「ううん、よかったら開けてみて」

「わ、分かった、なんだろう……わっ、黒いジャケットかな?」

「はい、お兄様も大人ということで、こういう大人っぽいジャケットもいいんじゃないかと思いまして」

「な、なるほど……ほんとにありがとう、大事にするね」

「よかったねーお兄ちゃん、そんな大人のお兄ちゃんに私からもプレゼントがあります! じゃーん!」


 日向が小さな包みを僕に差し出してきた。


「え!? あ、ありがとう、ごめん、日向にもいつももらってしまって……」

「いやいや、お兄ちゃんも私にくれるから当然だよー、あ、開けてみて」

「わ、分かった……おお? これは……ペン?」

「そうそう、前に健斗くんが書きやすいよって言ってたペンだよー、私も使ってるんだけど、ほんと書きやすくて字が綺麗に見えるよ!」

「そ、そうか、ありがとう、これも大事に使わせてもらうよ」

「ふふふ、団吉よかったわね、お母さんからもプレゼントがあります……って、いつも通りケーキなので、また後で食べるようにしましょうか。それと、夕飯の時にもちょっとしたサプライズがあるわよ」


 母さんがニコニコ笑顔で言った。サプライズ? なんのことだろうか。


「あ、そ、そうなんだね、なんだろう、楽しみにしておこうかな」


 いつもみんなにはプレゼントをもらって申し訳ない気持ちになるが、今日一日くらいはありがたく受け取って感謝した方がいいのかもしれないなと思った。

 みんなで話していると、あっという間に夕飯の時間になった。母さんと日向が準備をする。僕は座っておくように言われたので、絵菜と真菜ちゃんと一緒に待つことにした。


「ふふふ、今日は団吉が好きなものを並べてみたわ……って、団吉は小さい頃から好き嫌いがあまりなくてちゃんと食べる子だったわね。それと、せっかく二十歳になったんだしこれもいいんじゃないかなって」


 テーブルにステーキや唐揚げなど、美味しそうな料理が並んだ……と思ったら、母さんが僕の前に一つの缶とコップを置いた。こ、これは……。


「……え!? び、ビール!?」

「そうよ、団吉ももう呑める歳になったからねー、お母さんもいただくわ。なんか我が子と一緒にお酒呑める日が来るなんて、ちょっとびっくりねー。あ、少しずつ呑んでみてね、無理はしなくていいわよ」


 母さんからコップを持つように言われて、僕がコップを持つと、母さんがビールを注いでくれた。お、おお、先輩方が呑むのでビールは見ていたが、いざ目の前に自分のビールがあると少し緊張する。


「じゃあみんなでいただきましょうか」

「う、うん、いただきます……じゃあ、び、ビールを呑んでみようかな……」


 みんなの視線が僕に集まる。僕はおそるおそるビールを一口呑む……お、おお、少しの苦味の奥に甘味があって、今まで感じたことのない不思議な感覚が僕の口の中にある。でも美味しい。


「だ、団吉、どう? 美味しい……?」

「う、うん、少し苦味があるのもアクセントというか、鼻に抜ける感じというか、不思議な感覚なんだけど、美味しいと感じるよ」

「おおー! お兄ちゃんが大人になってるー! お酒の美味しさが分かったんだねー!」

「まあまあ! お兄様、美味しいと感じたならよかったです。でも無理はしないでくださいね」

「そうね、真菜ちゃんの言う通りだわ、自分が呑める範囲を知るというのも大事よ。少しずつ呑むとだんだん分かって来るわ」

「な、なるほど……うん、無理はしないようにするよ」


 そうか、自分がどのくらいお酒が呑めるのか、まだよく分からないのだ。それはこれから少しずつ分かっていくことなのだろうなと思った。あ、そういえば慶太先輩はすぐに顔が赤くなっていたな。僕はどうなのだろうかと、ちょっと気になってしまった。

 母さんも「団吉と乾杯するのを忘れていたわ、かんぱ~い」と言ってビールを呑んでいた。なんだか大人の階段を一歩上ったような、不思議な感覚になっていた。

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