第23話「初めての」
みんなで美味しい夕飯をいただいていた。
僕と母さんはビールを呑んでいる。不思議な感覚なのは間違いないが、ビールを美味しいと感じたのはよかったなと思った。これで先輩方とも呑むことができそうだ。先輩方の嬉しそうな顔が頭に浮かぶ。
「ふふふ、団吉も大人の仲間入りね~、お父さんも天国で喜んでいるんじゃないかしら。『俺も団吉と呑みたい!』ってね~」
母さんが嬉しそうに話す。そうだ、父さんもお酒を呑むのが好きだった。今頃天国で羨ましそうにしているのだろうか。
「そうかもしれないね、まさか自分がお酒を呑む日が来るなんて、あまり想像できなかったなぁ」
「お兄ちゃん、そこそこ呑んでるみたいだけど、酔っぱらって来てない? 大丈夫?」
「ああ、なんか少しフワフワするけど、これが酔ってきてるって感覚なのかな? でも嫌な感じではないかも」
「まあまあ、お兄様はけっこう呑める人なのかもしれませんね。あ、酔って私に飛び込んできてもらっても大丈夫ですよ」
「え!? い、いや、それはあまりよくないような……って、どうしよう、ないと言い切れないのが怖い……」
僕が慌てていると、みんな笑った。あれ? こうして判断できているうちはまだいいのかな。でもさっき言った通り、いつもと違って少しフワフワした感覚になっていた。なるほど、これが酔ってきているという感覚なのか。
「団吉、顔赤くないな、ほんとに強いのかもな」
「あ、そう? 慶太先輩みたいに赤いのかと思ってたよ……ぷ、くくく、あはははは」
「あ、あれ? お兄ちゃん? なんで笑ってるの?」
「え? だって、あめんぼ赤いなあいうえおっていうじゃないか、ふ、ふふふ、あはははは」
「お、お兄様? 笑いのツボがよく分からないのですが、もしかしてお兄様は笑い上戸になってしまうんですかね」
「あはは、やだなぁ真菜ちゃん、僕は普通だよ……むふ、あはははは」
「お、お兄ちゃんが壊れた! 神様が神様じゃなくなったー!」
「ふふふ、ちょっと呑ませ過ぎちゃったかしら〜、まぁここは家だからいいわね、あとはゆっくりしましょう」
あ、あれ? 母さんがゆっくりしようと言ってるけど、なんか楽しい……笑いが止まらない……こんなに楽しい気分になるなんて思わなかった。
* * *
「……本当に申し訳ありませんでした……!」
僕はそう言って頭を下げた。夕飯の後ケーキを食べる前に、母さんに「とりあえずお水を飲みなさい」と言われてくいっと飲んでしばらくしたら、一気に現実に引き戻されたような、そんな感じがした。
とにかくフワフワと楽しい気持ちになって、笑いが止まらなくなったようだ。冷静になった今、思い出すと恥ずかしさでいっぱいだった。
「あ、お兄ちゃんが元に戻ったー、まさか笑いが止まらなくなるなんて思わなかったよー」
「……はい、僕もびっくりしました……」
「お兄様、そんなにしゅんとしないでください。楽しかったのならいいのですよ」
「……うう、ありがとう真菜ちゃん。楽しかったのは楽しかったんだけど……」
「ふふふ、大丈夫よ、だいたいどのくらい呑んだら楽しくなるか分かったでしょ。団吉は顔に出ないタイプみたいだから、まあまあ強いのかもね。でも外で呑む時は気をつけてね」
「……はい、気をつけます……でも、たしかにどのくらいであんな感じになるか分かったのはよかったかも」
母さんの言う通り、自分のお酒の許容量とでもいうのだろうか、それが分かったのはよかったなと思った。外で他の人に迷惑をかけるよりはいいだろう。これも大人になるってことなんだな。
「ふふふ、でも団吉も呑めるから、お母さん嬉しいわ〜。今日は団吉とお母さんはお風呂やめておいた方がよさそうね、みんなは入りましょうか」
そういえばアルコールが入った時のお風呂は酔いがまわりやすいと聞いたことがある。これ以上壊れるわけにはいかなかった。
みんなが順番でお風呂に入って、のんびりとテレビを見ながら話していたが、そろそろ寝ようかという話になった。
「よーし、そろそろ寝よっか。今日も真菜ちゃんと女子の秘密の話しよーっと!」
「まあまあ! うん、そうだね、話したいことたくさんあるし!」
日向と真菜ちゃんが顔を合わせて「ねー」と言っている。な、なんか僕の話をされそうな気がしたが、訊くのはやめておいた。
「ふふふ、団吉、酔った勢いで絵菜ちゃんを襲うのは男として恥ずかしいわよ。おやすみ」
「お、おやすみなさい……」
「え!? い、いや、大丈夫……おやすみ」
う、うう、そんなことしたら絵菜にぶん殴られそうな気がする……とりあえず絵菜と二人で僕の部屋に行く。少し窓を開けると夜風が気持ちよかった。でも寝る時は閉めておかないと。
「団吉、大丈夫? 気持ち悪くなったりしてないか?」
「うん、それはないかな……ごめんね絵菜、恥ずかしいところを見せてしまった……」
「ふふっ、なんか団吉も完璧じゃないんだなって、改めて分かった」
そう言って絵菜が僕にくっついてきた。
「……あ、え、絵菜、僕お風呂入ってないし、お酒のにおいするだろうし、臭くないかな……」
「ううん、団吉のにおい大好きだから大丈夫……団吉、誕生日おめでと」
「あ、ありがとう、なんかお酒で忘れてしまって……え?」
その時、絵菜がそっとキスをしてきた。
「え、絵菜……」
「……団吉が大人になったってことは……いいよな……」
とろんとした目の絵菜が、またキスをしてきた。さっきよりも長い。お互いの舌が絡まる……絵菜が少し離れて、パジャマを脱いだ。絵菜の綺麗な体が目の前にある。絵菜の胸をそっと触ると、「……あっ」と小さな声が聞こえた。
「……ずっと我慢してたけど、もうダメ……」
「……え、絵菜、いいのかな、僕お酒入って……いや、ごめん、そんなこと言って逃げるのはよくないね……」
「……うん、大好きな団吉と……」
……その日、僕と絵菜は、初めて一緒になった。
僕は初めてのことでうまく絵菜をリードできたか分からない。
でも、男として、大好きな人と一緒になれたのはとても嬉しかった。
「……団吉、大好き……」
「……絵菜、大好きだよ……」
今日のことも、忘れられないものとなりそうだ。
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