第44話「二人の時間」

 日向の誕生日から一週間、僕はいつものように毎日頑張っていた。

 大学、サークル、バイト、それに加えて今は一人暮らしもある。毎日忙しいが、ゆっくりできる時はゆっくりしようと思っていた。

 そしてそのゆっくりする日が今日だ。今日はなんと絵菜がうちに泊まりに来ることになっている。僕は今日はバイトをお休みすることにした。平日もけっこうバイトに入っていたため問題ない。パートのおばちゃんには「日車くん一人暮らし始めたのねー、偉すぎるわ、でも無理してない?」と心配された。その気持ちが嬉しかった。

 絵菜が来る前に部屋の掃除をしていた。実家にいた時は日向が張り切って掃除していたな、そんなことを思い出した。

 バタバタしていると、ガチャッと玄関が開く音がした。絵菜が来たようだ。すぐにダイニングに絵菜が入ってきた。


「ご、ごめん、鍵があったから開けて入ってきてしまった……」

「ううん、大丈夫だよ、そのために鍵を渡していたからね、いらっしゃい」

「あ、ありがと。あ、何かしてたのか?」

「ああ、部屋の掃除をしていてね、絵菜が来る前に終わらせようと思ったんだけど、間に合わなかったな」

「そっか、私も手伝う」

「ありがとう、じゃあせっかくだし二人でやろうか。絵菜は掃除機の続きやってくれるかな、僕はトイレ掃除してくるので」


 絵菜に掃除機を渡して、僕はトイレへと向かった。便器をきれいに磨く。中もブラシで綺麗にして、トイレスタンプを押して……と。うん、綺麗になったのではないだろうか。

 僕が終わるのと同じようなタイミングで、掃除機の音がしなくなった。絵菜も終わったみたいだな。僕が行くと、奥の寝室で何かを見ている絵菜がいた。


「絵菜も終わったんだね……って、何かあった?」

「あ、いや、本棚にエロ本とかないかなと思って見てた」

「ああ、なるほど……え!? い、いや、ないからね……あ、なんか最初に絵菜が僕の部屋に来た時のこと思い出した……」

「ふふっ、冗談だよ。それも懐かしいな」


 久しぶりに絵菜の「冗談だよ」を聞いたなと思っていたら、絵菜がきゅっと抱きついてきた。


「こうして二人で普段のことができるの、嬉しい」

「そうだね、なんか二人で暮らしてるって感じするよね」

「うん、一緒に暮らしたら毎日こんな感じなのかな……でも……」


 絵菜がそう言って、少し下を向いた。あれ? どうしたのだろうか?


「ん? どうかした?」

「……あ、な、なんか団吉の近くに女の人がいる気がして……気のせいかな」


 ん? 僕の近くに女の人……? 日向はこの前ここに来たが、それ以外にはいな――


「……あ、そ、そういえばこの前、お隣さんの女の人が鍵をなくして困っていたから、助けてあげたというか……それかな」

「そ、そっか、お隣さんか……ごめん、また変なこと訊いた……」

「い、いや、大丈夫……それにしても絵菜は本当に勘が鋭いよね」

「うん、私は団吉のことなら何でも分かるから……でも」


 絵菜がそう言って、僕の唇に軽くキスをした。


「私が一番、団吉のことが大好きだから……」

「……うん、僕も絵菜が大好きだからね、安心してね。あ、今日の夕飯、一緒に作ってみる?」

「あ、うん、作りたい。何がいいんだろ……?」

「そういえば前から絵菜はハンバーグを作ってみたいって言ってたよね、今日はハンバーグにしようか」

「ああ、うん、作ってみたい。なんかそれも嬉しい」


 そう言ってまたきゅっと抱きついてくる絵菜だった。か、可愛い……こんな可愛い彼女を独り占めできるなんて、僕はなんて幸せ者なのでしょうか。

 ハンバーグを作るにはパン粉と牛乳がなかったので、近くのスーパーに買いに行くことにした。二人で手をつないで行く。普段の生活がそのままデートになっているようで、僕は嬉しかった。


「ハンバーグって、ミンチ肉だよな……?」

「うん、合いびき肉が家にあるからそれ使って、玉ねぎもあるから、あとはパン粉と牛乳を買っておこうかな。あ、おろしにんにくも買っておこう」


 買い物を済ませて帰って、僕たちはさっそく作ってみることにした。玉ねぎのみじん切りを絵菜にやってもらった。絵菜は「目に染みる……」と言いながらゆっくりと包丁を動かして、玉ねぎをみじん切りにした。うん、絵菜も少しずつ包丁に慣れてきたかな。

 そして僕が玉ねぎを炒める。いい感じのところで取り出して、合いびき肉、パン粉、牛乳、塩と砂糖、おろしにんにく、コショウと一緒に混ぜ合わせる。そこは絵菜にやってもらった。


「いい感じに混ざってきたね、そしたらこうやって手に取って、軽く投げる感じで丸めていくといいよ」


 僕がお手本としてタネを丸めていく。絵菜は横で「な、なるほど……」と言いながら僕の真似をして丸めていく。うん、いい感じにできているんじゃないかな。

 絵菜がフライパンにハンバーグを並べて、焼いていく。焼き目をつけて、ふたをしてしばらく蒸し焼きにする。あまり中の様子は見えないが、絵菜がそわそわしているのが可愛かった。

 そしてハンバーグが出来上がる。おお、いい感じに焼けたんじゃないかな。


「おお、絵菜、出来たね。絵菜も料理が上手になってきたね」

「い、いや、まだ団吉や真菜がいないとダメだから……でもそっか、私でもできたのか……」

「うんうん、少しずつ慣れていけば大丈夫だよ。あ、ソース作るね」


 僕はフライパンにケチャップ、ソース、しょうゆなどを入れてソースを作った。においでだんだんとお腹が空いてきた気がする。


「ちょっと早いけど、ご飯も炊けたし食べてみようか」

「うん」


 テーブルに料理を持っていく。配膳も絵菜が手伝ってくれた。こういうのも一緒にできるのがなんだか嬉しいな。

 食べる前に絵菜がハンバーグの写真をスマホに収めていた。僕たちは「いただきます」と言って、ハンバーグを食べてみる……おお、美味しい。焼き加減もちょうどいいし、味もしっかりしている。


「おお、美味しいね、絵菜はどう?」

「美味しい。そっか、ハンバーグってああやって作るんだな……」

「うん、今度真菜ちゃんやお母さんに作ってあげたらどうかな? 喜ぶと思うよ」

「う、うん、ちょっと緊張するけど、やってみる」


 うんうんと頷く絵菜が可愛かった。

 ちょっと早い夕飯を、二人でいただいていた。こうして二人でいるこの時間がとてもいいなと思った。しかし僕は知らなかった。この後とんでもないことになることを……。

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