第7話「バイト」

 土曜日、今日はバイトに入ることになっていた。

 家の近くのスーパーでバイトを始めたのが高校一年生の夏だったので、今年の夏で丸四年が経ち、五年目へと入っていく。ずいぶん長く続いているなと思った。まぁ、店長をはじめ働いているみなさんが優しくて、いつも僕のことを心配してくれる。いい雰囲気のところだったから続いたのだろう。

 いつものように商品をチェックして品出しをしていると、「日車くん、日車くん」と、店長に呼び止められた。


「あ、はい、何かありましたか?」

「ああ、いやいや、そういえば鈴本すずもとさんもバイトに入ってくれるようになって一年経つのかぁと思ってね、今もあそこで頑張ってくれているから」


 店長の視線の先にいた女の子は、鈴本すずもと舞衣子まいこさん。日向たちと一緒でこの四月で高校三年生になる、女子高に通っている女の子だ。そうだ、舞衣子ちゃんが入ってきて一年になるのか、早いものだなと思った。


「ああ、そうですね、なんか時の流れがあっという間ですね」

「ほんとだねー、日車くんも鈴本さんも、いつも頑張ってくれているからね、なんかやっぱり本当の親のような目線で見てしまうよ、あっはっは」


 いつものように店長が笑った。その舞衣子ちゃんと目が合うと、ニコッと笑ってくれた。舞衣子ちゃんは親の離婚があり、一時期は落ち込んだりもしていたけど、今はお母さんと暮らしている。舞衣子ちゃんの気持ちを聞いたこともあったなと思い出した。

 バイトを三時まで頑張り、僕も舞衣子ちゃんも上がることになった。「お疲れさまでした」と声をかけて、二人で店を出る。暖かくて気持ちいい風が吹いていた。


「舞衣子ちゃん、お疲れさま。今日も頑張ったね」

「うん、お疲れさま。団吉さんがいるから、うちも頑張れる……」

「そっか、よかったよ。そういえば舞衣子ちゃんが入って――」

「――だ、団吉……!」


 その時、僕を呼ぶ声がした。見ると絵菜がこちらに来ていた。そうだ、今日は絵菜もバイトだと言っていた。絵菜はスーパーの隣のホームセンターでバイトをしている。まだ一年は経っていないが、頑張っている姿を見たこともある。今日も終わったのかな。


「あ、絵菜、お疲れさま、終わったの?」

「う、うん、なぁ、一緒に帰らないか……?」

「そっか、うん、じゃあ三人で一緒に帰ろうか」

「あ、団吉さん、絵菜さん、もしよかったらこの後喫茶店に行かない……? たまにはいいかなと思って……」

「ああ、うん、いいよ。絵菜はどう?」

「あ、うん、私も大丈夫」


 三人で駅前にある喫茶店に行くことにした。奥の席に三人で座る。ジュースやコーヒーを注文して一息ついた。


「さっき言いかけたけど、舞衣子ちゃんがバイトに入って一年が経ったね。もう慣れたと思うけど、どう?」

「あ、うん、仕事自体は慣れたから、問題ないかな……みなさん優しくしてくれるし、楽しい……」

「そっか、楽しいと思っているならよかったよ。そういえば舞衣子ちゃんのご家庭のこともここで聞いたね。その後お母さんとは仲良くやってる?」

「うん、お母さんも怒らなくなったし、仲良くやってる……この前出かけたら、『姉妹ですか?』って近所のおばあちゃんに間違えられた……」

「あはは、そうなんだね、お母さんお若いんだな。でも、仲良くやってるのはいいことだね」

「うん……団吉さんも絵菜さんも、ありがと」


 舞衣子ちゃんが恥ずかしそうに言って、店員さんが持ってきたジュースを飲んでいた。


「そうだ、舞衣子ちゃんは私よりバイトの先輩だな。舞衣子ちゃんも真面目だから、ちゃんと続いているんだな」

「い、いや、そうでもないと思うけど……でも、バイトはちゃんと頑張りたいなって思って……」

「うんうん、舞衣子ちゃんが頑張っているの、店長やパートのおばちゃんも知ってるよ。今日も店長と『鈴本さんも頑張ってるね』って話してたところだよ」

「そ、そっか……なんだか恥ずかしいな……」


 また舞衣子ちゃんが恥ずかしそうにしていた。


「あ、春休みに、日向ちゃんと真菜ちゃんがうちに遊びに来てくれた……お母さんとも会って、『舞衣子もお友達ができたのね』って言われた……それが嬉しくて」

「そっか、うちでも真菜が楽しそうに話してたよ。よかったな」

「うん、うちでも日向が話してたよ。学校ではまだ話せる人は少ない?」

「うーん、少ないけど、隣の席になった子と話してた……三年生でも一緒のクラスになれるといいねって」

「そっか、そうやって話せる人が増えるのはいいことだよね。舞衣子ちゃんが明るくなったからだと思うよ」

「そ、そうかな……でも、今のうちがあるのは、団吉さんと絵菜さんのおかげ……ほんとにありがと」


 舞衣子ちゃんの感謝の言葉を聞いて、僕は嬉しい気持ちになった。学校では友達がいないと言っていた舞衣子ちゃんだが、日向や真菜ちゃんと学校は違えど友達になって、表情も明るくなってきた。とてもいいことだなと思う。


「団吉さんと絵菜さんは、変わらず仲良くしてる……よね」

「え、あ、そうだね、変わらないというか、仲が良いというか……あはは」

「いいな、うちも好きな人ができるといいな……でも女子高だから、出会いが全然なくて……」

「そ、そっか、まぁ、出会いは色々なところにあると思うから、舞衣子ちゃんもこれから好きになる人が現れるよ」

「うん、舞衣子ちゃん、慌てなくていいからな。団吉みたいな優しい男の子がきっといる」

「そうだね、でも団吉さん神様だからなぁ……そんなにいい人なかなかいないような気がして……」

「あ、ま、舞衣子ちゃん、神様ということは忘れようか……あはは」


 なんだろう、日向と真菜ちゃんのイメージが舞衣子ちゃんにもうつってしまったようだ。僕が慌てていると、二人が笑った。


「まぁ、舞衣子ちゃんが楽しそうなの、私も嬉しい。またお互いバイトも頑張ろうな」

「うん、絵菜さんありがと……うちも頑張る」


 舞衣子ちゃんがうんうんと頷いていた。うん、これからも明るく元気に色々なことを頑張ってほしい。僕はそう思っていた。

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