第91話「久しぶり」

「あ! やあやあ! 絵菜さんではないか!」


 みんなで大学内を回っていると、聞き慣れた声がした。慶太先輩だった。


「あ、こんにちは、お、お久しぶりです……」

「お久しぶりだね! いやはや、絵菜さんはいつ見ても世界一、いや宇宙一可愛いね! 今日はいい日になりそうだよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 ニコニコ笑顔の慶太先輩と、恥ずかしそうにしている絵菜だった。や、やはり慶太先輩は絵菜のことを気に入っているんだなと思った。

 その時、日向が僕にこっそりと話しかけてきた。


「お、お兄ちゃん、あの人、何者なの……?」

「ああ、青桜高校の元生徒会長。僕の先輩だよ」

「え!? そ、そうなんだね、それにしても、絵菜さんのことなんかべた褒めしてるけど……」

「あ、ああ、どうも絵菜のことを気に入っているみたいでね……恋心とは違うみたいなんだけど」


 ま、まぁ、久しぶりの再会だ、慶太先輩も嬉しい気持ちがあるのだろう。以前絵菜はちょっと怖いって言ってたけど……。


「慶太、あんたいい加減にしておかないと、絵菜ちゃんにぶん殴られるよ? あ、その前に団吉くんにぶん殴られるかもね」

「ええ!? いやいや、それはないと思いたいのだが……って、二人ともそれはないよね?」

「え、あ、ま、まぁ……」

「そ、そうですね、そんなことはしないです……あはは」

「絵菜ちゃんも団吉くんも優しいねー、私だったらぶん殴ってるところだなぁ」

「ええ!? いやはや、亜香里先輩も厳しいね、せっかく彼氏ができたのに、これではフラれるのも時間の問題――」


 慶太先輩がそこまで言って、川倉先輩に「うっさい!」とツッコミを入れられていた。あ、相変わらずの二人だな……。


「おっと、絵菜さんばかりに気を取られてしまった。よく見ると可愛い子がいっぱいいるね!」

「あ、僕や絵菜の妹たちです」


 いつものように日向たちが自己紹介をしていた。慶太先輩は「そうかそうか、日向ちゃんに真菜ちゃんに健斗くんか、みんな可愛らしいね!」と言っていた。


「ああ、もっとみんなとお話したいのだが、そろそろ展示フロアの当番を交代しないといけないからね、それじゃあまたね!」


 ニコニコ笑顔のまま慶太先輩は研究棟の方へ行った。


「まったく、慶太は相変わらず絵菜ちゃんのこと気に入ってるんだから……ごめんね絵菜ちゃん、変な奴だけど、悪い奴じゃないからさ」

「あ、は、はい、大丈夫です……」


 やはりちょっと恥ずかしそうな絵菜だった。

 その時、僕のスマホが震えた。見ると舞衣子ちゃんからRINEが来ていた。


『団吉さん、バイト終わって団吉さんの大学に来たんだけど、どこにいる……?』


 ああ、舞衣子ちゃんも来てくれたのか。僕は『校門入ったところの広場にいてくれるかな? 迎えに行くよ』と返事を送った。


「ん? お兄ちゃんスマホ見つめてどうしたの?」

「ああ、舞衣子ちゃんが来てくれたみたいでね、ちょっと迎えに行ってくるよ」


 みんなと離れて校門の方へ行くと、広場の隅でキョロキョロと辺りを見回していた舞衣子ちゃんを見つけた。


「……あ、団吉さん、こんにちは」

「こんにちは、舞衣子ちゃんも来てくれたんだね、ありがとう」

「ううん、大学ってどんなところか気になったから……すごく大きくて広いんだね」

「そうだね、僕も最初びっくりしたよ。あ、向こうに日向たちがいるから、一緒に行こうか」


 舞衣子ちゃんと一緒にみんなの元へと戻る。日向と真菜ちゃんが手を振っていた。


「……あ、日向ちゃんたちだ、こんにちは」

「舞衣子ちゃんこんにちは! なんかお久しぶりだねー!」

「まあまあ、舞衣子ちゃんこんにちは! 夏休みに三人で遊びに行ったね!」

「あ、うん……すごく楽しかった。また三人で女子の秘密の話しよう」


 日向と真菜ちゃんと舞衣子ちゃんが顔を合わせて「ねー」と言っている。

 

「お、お兄さん、やっぱり女子の秘密の話というのがよく分からないのですが……」


 今度は長谷川くんがこっそりと僕に話しかけてきた。


「う、うーん、教えてくれないんだよね……ま、まぁ、僕たち男は何も聞いてないことにするしかないんじゃないかな」


 まさか僕の話とかしてないよな……と思ったが、教えてくれそうになかった。

 川倉先輩と長谷川くんははじめましてだったので、「僕のバイト先で一緒になった鈴本さんです」と紹介した。それぞれ自己紹介をしていたが、舞衣子ちゃんはちょっと人見知りするタイプかな、恥ずかしそうにしていた。


「……そうだ、絵菜さん、あの時はありがと。ちゃんと自分でお礼が言えてなかったから……」

「ううん、最上さん……じゃなかった、私も舞衣子ちゃんって呼んでいいかな?」

「う、うん、大丈夫……」

「ありがと。お母さんと仲良くやってるか?」

「うん、もう怒られることもないし、楽しくやってる……」

「そっか、それはよかった。でも一人で抱え込んじゃダメだからな」


 絵菜がそう言うと、舞衣子ちゃんは恥ずかしそうに「う、うん……分かった」と言った。お母さんともうまくやれているようで、よかったなと思った。

 それからまたみんなと一緒に大学を見て回った。美味しそうな唐揚げを売っているお店を見つけた日向は、「ねぇお兄ちゃん……食べたいと思わない?」と、僕に甘えてきた。こ、こいつ、こうやって兄におごってもらう気か……と思ったが、あっさり買ってあげるあたり僕も妹に甘いのだな。


「……あ、そろそろ僕は慶太先輩と交代しないと」

「あーそうだったね、団吉くん、みんなのことは私にまかせといてー! ちゃんと案内するからさ」

「あ、すみません、よろしくお願いします」


 川倉先輩にお礼を言って、僕は研究棟へ戻って慶太先輩と交代した。慶太先輩は「ああ! 帰ってしまう前にもう一度絵菜さんに会いに行かないとね!」と言っていた。い、今頃大丈夫だろうか……。

 研究棟もわりと広場に近いところにあるからか、入ってくれる人が多くいるみたいだ。知らない人だが僕たちの写真を見て「すごいねー」と言っているのを聞いた時には嬉しかった。

 僕は写真を眺めながら、本格的にカメラを買う計画を立てようかなと思った。そのためにバイトも頑張ってお金を貯めよう。先輩方のようにいい写真を撮ってみたい。

 こんなに前向きになれているのは、以前の僕からは考えられないなと、心の中で少し笑ってしまった僕だった。

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