第28話「新たな出会い」

「あー、午前中の授業も難しかったねー、絵菜と佑香は分かった?」


 昼休み、学校の一番上の階にある広い休憩スペースで、私と春奈と佑香の三人は一緒に昼ご飯を食べていた。今日は真菜がお弁当を作ってくれた。

 普段のネイルケア等の実技の他に、秋に行われるネイリスト技能検定に向けた勉強も始まった。なかなか難しいが、なんとか頑張ろうと私は必死だった。


「う、うん、生理学とか皮膚学とか、専門的な言葉が多いけど、なんとか……」

「……まぁ、春奈よりは分かってるかと」

「そうだよねー……って、まーた佑香は生意気なこと言ってー!」


 春奈がそう言って佑香の頬をツンツンと突いている。


「ま、まあまあ……って、昔は団吉がこうやってよく止めてたな……」

「ああ、団吉さんって絵菜の彼氏さんだよね、いいないいなー、私も彼氏がほしいなー」

「ま、まぁ、春奈も可愛いからそのうち彼氏ができるんじゃないか」

「あははっ、ありがとー。まぁ慌てないことにするよー!」


 明るくて元気がいい春奈だ。そういう人が好きっていう男性もいるのではないかと思った。


「そういえばさー、三人でお互いの爪で練習しない? きっとその方が勉強になるというか――」

「――あれ? 池内さんと鍵山さん?」


 その時、春奈と佑香を呼ぶ声が聞こえた。見ると一人の男の人がこちらを見ていた。誰だろう? 二人の名前を呼んだということは二人のことを知っている人なのか……?


「げっ、小寺こでら、あんたまさかこの学校だったの?」

「そうだよ、俺はここの美容科なんだ……って、小寺なんてよそよそしいから十騎とうきって呼んでくれっていつも言ってるのになー」

「やだ。却下」

「ガーン! 池内さんはずっと俺の名前呼んでくれない……俺そろそろ泣きそうだよ」

「あんただって『池内さん』って呼んでるじゃん。いっちょ前に『十騎』だなんてカッコいい名前しやがって。下の名前で呼ぶ義理はないね」


 な、なんだろう、春奈とこの人は知り合いなのだろうか。仲良さそう……なのかどうかは分からないが、とにかく話をしている。


「鍵山さんも久しぶり! なんかこうしていると高校時代を思い出すね!」

「……嫌な記憶がよみがえってきた」

「ガーン! 俺との思い出が嫌な記憶なの!? 俺やっぱりそろそろ泣きそうだよ……って、こちらの方は……?」


 佑香も知っているのだろうか……と思ったら、その男の人は私を見た。顔はイケメンの部類に入るのだろうか。少し茶色の長い髪で、今まであまりいなかった容姿だがカッコいい雰囲気があった。


「あんまり紹介したくないんだけど、まぁ仕方ないか。絵菜、こいつは小寺十騎こでらとうきといって、私の小学生時代からの知り合いだよ。高校も一緒でね、まぁ腐れ縁もいいところなんだけど」

「く、腐れ縁と言われるのがちょっと悲しいけど……はじめまして、小寺十騎といいます」

「あ、は、はじめまして、沢井絵菜といいます……」


 小寺という男の人が手を出してきたので、とりあえず握手した。手は団吉と同じくらいの大きさだろうか。


「……絵菜、握手はやめた方がいい」

「え? そ、それはどういう……?」

「あーっ、絵菜に触れるな触れるな、バカがうつるから」

「ガーン! バカって言われるのが悲しすぎるよ……池内さんも鍵山さんも相変わらず冷たいねぇ。あ、ケンカするほど仲が良いってことかな!?」


 なんかそれは違う気がしたが、ツッコミを入れるのはやめておいた。


「はぁー、これだからこいつは困る……ごめんね絵菜、こいつ女たらしで有名なんだ。告白してきた女の子全員にOKして、とっかえひっかえ遊んでるって噂があって」

「そ、それは全くの誤解だって何度も言ってるじゃないか! そんなことするわけないじゃないか!」

「じゃあ高校二年生の時に告白してきた学級委員とはどうなったのさ?」

「うっ、お、お付き合いしたけど、お別れしました……」

「ほらね、どうせ他の子がいるってバレて怒られたとかそんなとこでしょ」

「だ、だから違うって! 俺は一途なんだ。まっすぐなんだ。恋をすると一直線なんだ! たまたま別れただけなんだ!」


 な、なんかよく分からないが、この人、春奈と佑香に嫌われているのだろうか……春奈も佑香も私と話す時とは全く違う。う、うーん、やっぱり悪い人なんだろうか……。


「な、なぜこんなに俺は変な噂ばかり広まっているんだろう……それにしても、沢井さんか、金髪が綺麗だし可愛いね。ぜひ俺とも仲良くしてもらえると――」

「ダメ、却下。絵菜、こんな奴とは仲良くしちゃダメだよ」

「……絵菜、やめた方がいい」

「ガーン! お、俺は沢井さんに言ってるんだ! 沢井さん、これからもよろしくお願いします」

「あ、ああ、よ、よろしく……」


 そう言って小寺という人はまた私の手を握ってきた。う、うーん、パッと見はそんなに悪い人には見えないけど、女たらしというのは本当なのだろうか……。


「あーっ、絵菜、ダメダメ、手からバカアホマヌケアンポンタンがうつるから」

「……うん、握手はやめた方がいい」

「え、あ、そ、そうなのか……」

「ガーン! さっきよりひどくなってない!? だって沢井さんが可愛いから、仕方ないじゃないか!」

「しまったー、ヤな奴に絵菜を知られてしまった……絵菜、このことは明日には記憶から抹消して、何もなかったことにしよう」

「……絵菜の記憶を消す準備をしないと」

「ガーン! なんで池内さんも鍵山さんもそんなに冷たいの! せっかく一緒の学校なんだし、仲良くしようよぉ~」


 今にも泣きそうな小寺という人だった。な、なんかここまで言われるとこの人がかわいそうになってきた……それだけ二人の中でのイメージは最悪なのかもしれないなと思った。

 何だかよく分からないが、不思議な男の人と出会ってしまった。美容科はたしかに男の人がいるが、まさか接する機会があるとは思わなかった。

 ……あれ? もしかしたら団吉も私のように、今頃何かを感じ取っているのだろうか。ま、まぁいいや。

 その後も春奈と佑香に冷たい態度をとられてしまう彼だった。悪い人ではないと思いたいが……。

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