第27話「専門的なこと」

 ある土曜日、僕は最上さんと一緒にバイトを頑張った。

 自分のことをとろいと言っていた最上さんだったが、立派に仕事をこなしている。商品の場所も覚えたらしく、お客様に訊かれても笑顔で案内していた。やはり笑った方が可愛いなと思った。

 三時になり、二人で上がって帰る。しかし帰りはいつものようにちょっとしょんぼりしている。家で嫌な気持ちになっていないだろうか、僕も心配していたのでそのことを伝えると、「あ、ありがと」と小さな声で返事をしてくれた。

 最上さんと別れて家に帰り、部屋で一息ついていると、スマホが鳴った。RINEが送られてきたみたいだ。


『……日車くん、お久しぶり。元気?』


 短いメッセージを送ってきたのは、相原駿あいはらしゅんくんだった。相原くんは高校生の時の友達で、僕と出会う前は学校も面白くないと思っていたらしく、休みがちだった。その後真面目に学校にも来るようになって、嬉しかったのを覚えている。


『お久しぶり、うん、元気だよ。相原くんは元気?』

『……うん、なんとか。専門学校で杉崎すぎさきさんが一緒の学科なんだけど、よく話してるというか』


 そうだった、相原くんと杉崎さんは同じ専門学校に行っていたのだった。杉崎さんというのは杉崎花音すぎさきかのん。茶髪の今どきのギャルで、僕はよくからかわれていたような……なぜか絵菜のことを『ねえさん』と呼んで慕っていた女性だ。


『ああ、そうだったね、二人は同じ専門学校だったね』

『……うん。それと、俺はバイトも始めたんだ。お金を貯めてジェシカさんに会いに行きたいから』


 僕はその文章を見て、とても嬉しい気持ちになった。ジェシカさんというのは僕と相原くんが高校の修学旅行でお世話になった女性だ。相原くんとジェシカさんは遠距離恋愛をしている。僕も今でもたまにジェシカさんとメールのやりとりをしていて、明るく美人なジェシカさんのことを思い出していた。


『そっか、それは英語もバイトも頑張らないといけないね。あ、そうだ、高校二年生の時のメンバーに声かけてみようか、話せるかな』


 僕は相原くんにメッセージを送った後、大島さんと富岡愛莉とみおかあいりさんにRINEを送った。富岡さんは高校二年生の時から僕と一緒のクラスで、本好きのおとなしい女性だ。

 二人からも通話OKと返事が来たので、僕はみんなにまとめて通話をかけた。


「もしもし、こんにちは。みんな元気にしてるかな」

「もしもし、こんにちは、お久しぶりです……! 私は元気にしてます……!」

「……もしもし、みんな久しぶり。俺も元気にしてる」

「もしもし、このメンバーもお久しぶりね。私も元気よ」


 富岡さん、相原くん、大島さんの元気そうな声が聞こえてきた。あの日あの時を思い出すような気分だ。


「よかった、みんな元気そうで……って、大島さんはこの前会ったからなぁ」

「な、なによ日車くん、その新鮮味が感じられないみたいな言葉は……まぁいいわ。富岡さんと相原くんは専門学校に行ってるのよね、勉強は難しいかしら?」

「はい、保育士になるために勉強しているのですが、高校とはまた違った難しさが……でも、身についているようで嬉しいです……!」

「……俺も介護福祉士になるための勉強してる。なかなか難しいけど、頑張ってるとこ」

「そっかそっか、二人とも頑張ってるね。やっぱり自分がやりたいと思った勉強は身につくと嬉しいよね」


 自分もそうなのだが、やはり専門的なことを学ぶ大学や専門学校では、知識や技術が身につくのがよく分かる。みんなも頑張っているんだなと思うと嬉しくなった。


「そうですね……! 難しくてもこれから先社会に出た時に役立つんだって思うと、なんだか頑張れそうな気がします……!」

「……うん、俺も同じようなこと思ってた。日車くんと大島さんは大学だよね、やっぱり難しいことやってるのかな」

「まぁ、高校以上に専門的なこと学んでるけど、それも楽しいって思ってるよ」

「そうね、私もみんなと同じようなこと思ってるわ。それにしてもこうして話してると高校二年生の時思い出すわね。修学旅行もこのメンバーで楽しんだわね」


 そう、僕たちは修学旅行でオーストラリアに行った。先ほどのジェシカさんとはそこで出会ったのだ。まぁ、富岡さんと大島さんはジェシカさんを知らないので、それは話さないでおこうと思った。


「……うん。俺はもう一度オーストラリアに行きたいから、英語の勉強もバイトも頑張ってる。まぁ、まだまだなんだけど」

「そうなんですね……! 相原さんすごいです……! 学校に来てなかったというのが信じられないですね……!」

「ほんとね、相原くんは学校もサボりがちだったわね。ここまで変わったんだから偉いわ」

「……ま、まぁ、それはみんなのおかげというか……あ、ありがと」


 ちょっと恥ずかしそうな返事をする相原くんだった。


「……あ、そうだ、日車くん、沢井さんは元気にしてる?」

「あ、うん、元気だよ。絵菜も専門学校で専門的な勉強しているし、最近バイトも始めてね、僕も嬉しくなっていたところだよ」

「ふ、ふーん、沢井さんも頑張ってるのね……ま、まぁ、それくらいやってくれないとライバルとして面白くないというか……」

「お、大島さん? ライバルって何のこと……?」


 よく分からないことを言う大島さんだった。そういえば絵菜と大島さんはどうも合わないみたいで、昔からぶつかることがよくあった。僕としては仲良くしてほしいなと思っていたのだが……。


「……相変わらず沢井さんと大島さんは合わないみたいだね」

「そうみたいですね、でもそれもなんだか懐かしいです……! いつもお二人は火花が散っていたというか……」

「ま、まぁそうね、私と沢井さんはライバル同士だからね、今度会った時にはデカい顔させないわ……ふふふふふ」


 また大島さんが何やら燃えていた。うーん、女性の心がやっぱりよく分からない……。


「ま、まあまあ。そうだ、夏には高校の同窓会もありそうだよね、みんなと会えるかもしれないね」

「……そういえばそうだった、うん、久しぶりにみんなに会えるのを楽しみにしておくよ」

「そうですね……! 私も楽しみです……!」

「そうね、よし、それまでには私もいい人をゲットしておかないといけないわ……ブツブツ」

「お、大島さん? なんか某モンスターゲームみたいなこと言ってるけど……?」


 しばらくみんなで話していると夕飯の時間になったので、通話を終えた。そうか、やはりみんなそれぞれ頑張っているんだな。僕も負けないように頑張ろうという気持ちになった。

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