第26話「気になる人」

「団吉、上がってくれ。まぁそんなに広くはないっつーか、散らかってるんだけどな」


 拓海に促されて、僕は「おじゃまします」と言って上がらせてもらった。そう、ここは拓海が一人暮らしをしている家だ。大学の近くにあるアパートの一室だった。

 休講明けの平日に大学で講義を受けた後、僕も拓海も午後が空いていたので、「じゃあさ、俺の家に来ないか? たまにはそこで話そう」と、拓海が言ってくれたのだった。拓海の家は火野の家と広さは同じくらいだろうか。ロフトもついていた。散らかっていると言っていたが、そんなに散らかっている印象はなかった。


「ロフトがあるんだね、あそこで寝てるの?」

「ああ、そうなんだけど、夏は暑そうだなって思っててなー、まぁその時は下で寝ればいいんだけどさ」


 拓海があははと笑った。まぁでもベッドを置かなくていいのはいいよなと思った。


「今オレンジジュースしかないけど、いいか?」

「あ、うん、ありがとう」


 拓海がオレンジジュースを出してくれた。


「いやー今日もお疲れ。しかし大学入学して一か月か、あっという間だなぁ。まぁだいぶ慣れてきたところはあるっつーか」

「ほんとだね、なんかもっとバタバタなのかなって思ってたけど、今のところ余裕もあるし、学んでいることも楽しいよ」

「そうだな、俺も楽しいよ。サークルも先輩方が優しくしてくれるしな」


 あっという間に一か月が過ぎていったが、大学生活を楽しめているのは、拓海やサークルの先輩方のおかげだなと感じている。これまで学校が新しくなると一人になることが多かった僕も、前向きになることができているのかなと思った。


「僕はこれまで最初は一人になることが多かったんだけど、拓海が話しかけてくれたから、ここまで楽しめていることができてるんだろうなって思うよ、あ、ありがとう……って、言うのは恥ずかしいね」

「あはは、いやいや、俺も見知らぬ土地で一人だったからさ、高校時代はなんか都会っぽいところもカッコいいなって思ってこの大学受けようってなったんだけど、いざ来てみると緊張したっつーか。でも団吉がいてくれたからありがたかったよ」


 そう言って拓海が笑ったので、僕もつられて笑った。たしかに知らない土地で一人というのは心細いだろう。拓海はすごいなと思った。


「まぁ、一人で大変なのに頑張ってるよね。すごいよ。僕も実家を出る日が来るのかなぁ」

「きっとそのうち来ると思うぞ。まぁその時は俺も遊びに行かせてもらおうかな」


 そういえば、絵菜も僕と一緒に暮らすという夢があった。僕もなんとかその夢を叶えてあげたい。大人になればきっと叶うだろう。


「そ、そういえばさ、団吉は……好きな人とか、彼女とか、いるのか?」


 突然の拓海の言葉に、僕は飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。す、好きな人か、すぐに絵菜の顔が思い浮かんだ。


「え、あ、まぁ、好きな人というか、彼女がいるんだけど……って、自分で話すの恥ずかしいね」

「おお、そうだったのか! なんだよー隠してたのかよー、もっと早く言ってくれればよかったのに」

「い、いや、隠してたわけではないけど、自分から話すことでもないしね……」

「まぁそうか、いつから付き合ってるんだ?」

「あ、高校一年生の時から……や、やっぱり恥ずかしいな」

「おお、めっちゃ長いな! いいなー、そりゃあ高校時代は楽しかっただろうなぁ」

「ま、まぁ、たしかに楽しかった……かな。彼女と、周りの友達のおかげで、僕も一人にならずに楽しく過ごすことができたよ」


 今思い出しても、やはり高校生活を楽しめたのは、絵菜や周りのみんなのおかげだった。懐かしい気持ちになった。


「そっかー、で、彼女はどんな感じなんだ? 写真とかないか?」

「あ、写真か……そういえば二人で撮った写真があったな……こんな感じ」


 僕はスマホを取り出して、絵菜と二人で写っている写真を拓海に見せた。


「おお、めっちゃ金髪だな! でもなんか可愛い感じするな」

「うん、最初は怖いのかなって思ったけど、そんなことはなくて、怖がりで寂しがり屋で負けず嫌いな可愛いところがあるよ」

「あはは、そっかーいいなー、なんか俺も彼女がほしくなってきたよー」

「拓海はその、付き合ってる人とかいないの?」

「ふっふっふ、聞いて驚くなよ、俺は高校三年間彼女はゼロだ! まぁ女の子の友達はいたんだけど、付き合うって感じではなかったっつーか」

「そ、そっか、拓海はカッコいいからモテそうなんだけどな」

「いやいや、そんなことはないよ。人は顔だけじゃないからな、女性は男性の性格もちゃんと見ているっつーか」


 う、うーん、まだ知り合って一か月くらいだが、拓海なら性格もよさそうだし、モテそうなんだけどな……と思ったが、それ以上は言わないことにした。


「そ、そっか、今は好きな人とかいるの?」

「うーん、いるといえばいるっつーか、そうでもないかもしれないっつーか、なんか微妙なところでさ」


 お、おお、恋心……とまではいかなくても、気になる人くらいはいるってことなのかな。


「な、なるほど、自分の気持ちに自信がない感じ?」

「まぁそんなところかもしれないなー、気にはなるんだけど、まだめっちゃ好き! って感じでもないっつーか、自分でもよく分からなくてさ」

「そっか、まぁでも気になるところから恋に発展するかもしれないしね」

「そうだなー、まぁもう少し様子を見てみることにしようかな」


 拓海があははと笑った。拓海が気になる人か、誰だろうかと思ったが、そこをあまり訊くのもよくないなと思って、やめておいた。


「あ、そうだ、今度またレポートの提出あるじゃんか、この前書いてみたんだけどなんかイマイチでなー、よかったら教えてくれないか?」

「あ、うん、いいよ、僕も手探り状態だから分かる範囲でにはなるけど」

「いやいや、団吉は俺より勉強できそうだからな、教えてもらえるとありがたいよ」


 大学生もレポートの提出や講義で学んだことの復習など、やるべきことは多いなと感じていた。今日はまさか恋バナになるとは思わなかったが、これからも拓海がいてくれれば、大学生活が楽しいものになりそうだなと思った。

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