第29話「ポートレート」

 とある金曜日、僕は大学で講義を受けた後、研究棟へ向かった。

 勉強がどんどん難しくなっている。最初は高校で学んだことの復習もあったが、数学の科目もさらに専門的なものになってきた。新しい知識が増えることは嬉しいのだが、これも危ない人だろうか。

 今日は絵菜と真菜ちゃんから誕生日にもらったシャツを着ていた。トラゾーがついているが、たしかにこれはシルエットでワンポイントだしキャラクターが目立つという感じではない。これからも大事に着ようと思った。

 研究棟に行くと、すでに先輩方と拓海が来ていた。僕が一番最後だったみたいだ。


「おっ、団吉くんお疲れさまー」

「お疲れさまです、みなさん早いですね」

「いやいや、私と拓海くんもさっき来たところだよー。慶太と蓮ちゃんはもっと早くからいたみたいだけど」

「やあやあ、団吉くんお疲れさま。どうだい? 大学の勉強は慣れてきたかな?」

「あ、はい、新しいことを学べるのが嬉しいというか」

「そうかそうか! さすが団吉くんだね、ボクが見込んだ男だよ。何か分からないことがあったら何でも訊いてくれた――」

「はいはい、慶太は学部が違うでしょ。てきとーなこと言ってるんじゃないよ」

「ええ!? いやいや、ボクはいつも正しいことしか言わないよ。亜香里先輩は厳しいね、これだとお嫁どころか彼氏も――」


 慶太先輩がそう言った瞬間、「うっさい!」と川倉先輩に突っ込まれていた。や、やはりこの二人は仲が良いのかそうでもないのか、よく分からないな……。


「ふふふ、亜香里先輩も慶太くんも相変わらずですね。あ、拓海さん、ちょっとこっち向いてください」

「え? あ、はい」


 拓海が成瀬先輩の方を向くと、パシャっとシャッター音が聞こえてきた。どうやら拓海の姿を撮ったようだ。


「え!? な、成瀬先輩……?」

「ふふふ、カッコいい拓海さんが撮れました」

「おお、どれどれー? ほんとだ、拓海くん写真で見てもカッコいいねー、あれ? 団吉くんの時も同じようなこと言ったような」

「ええ!? い、いや、その……な、なんで撮られたのかよく分からないっつーか……」

「ふふふ、私、みんなの写真を撮るようにしているんです。亜香里先輩も慶太くんも団吉さんも撮っているんですよ」

「あ、そ、そうなんですね……いや、カッコよくはないっつーか……あはは」


 恥ずかしそうにしている拓海だった。写真を見せてもらったが、たしかにカッコいい拓海が写っていた。


「ほんとだ、拓海はやっぱりカッコいいね」

「だ、団吉、そこは否定してくれよ……恥ずかしいっつーか」

「まあまあ拓海くん、蓮さんの趣味を尊重してくれたまえ! ああ、そういえばずっと訊きたくて訊けなかったんだけど、団吉くん、絵菜さんは元気かい?」

「え!? あ、は、はい、元気にしているというか、なんというか……」


 急に絵菜の名前が出てきて、僕はドキッとしてしまった。そうだった、慶太先輩は絵菜を気に入っているのだった。でも僕はそのおかげで、誰にも負けない強い男になろうと心を入れ替えることができたのだ。


「そうかそうか、それはよかった! ああ、絵菜さんの素敵な金髪を今でも思い出すよ。また会いたいものだね!」

「慶太、あんたほんとに気持ち悪いね……って、そうだった、団吉くんには絵菜ちゃんっていう可愛い子がいるんだもんねー、いいなー私も彼氏ほしいなぁ」

「あらまぁ、そうだったのですね! 団吉さん、どうして隠してたんですか。もっと早く言ってくれたらよかったのに」

「ええ!? い、いや、隠してたわけではないですが、自分から話すのもおかしいかなと……あはは」


 な、なんだろう、一気に恥ずかしくなってきた……。


「ふふふ、赤くなる団吉さんも可愛いですね。あ、彼女さんの写真とかないですか? 見てみたいです」

「え、あ、まぁ一応あるというか、以前撮ったものでよければ……」


 なんか見せないと怒られそうだったので、僕は絵菜と二人で撮った写真を見せた。


「わあ、金髪で可愛らしいですね! 慶太くんが推すのも分かる気がします」

「蓮さんも見る目があるね! そうなんだ、絵菜さんは世界一、いや宇宙一金髪が似合う、可愛らしい女性だよ!」

「い、いや、まぁ、なんというか……可愛いのはその通りなのですが……あはは」

「俺はこの前見せてもらったな、いいなー、俺も彼女がほしいなぁ」

「おっ、拓海くんは彼女がいないんだねー、どう? 私と付き合っちゃう? なんてねー」

「……ええ!? あ、いや、まぁ……なんつーか、あれ? なんか分からなくなってきた……」


 川倉先輩の言葉に拓海が慌てていると、先輩方が笑った。あの、僕と拓海の恥ずかしいところの見せ合いなのでしょうか……。


「そうだ、カッコいい拓海くんと素敵な絵菜さんを見て思いついたよ、今日はこのメンバーでお互いを撮る、ポートレートの撮影の練習をしないかい?」

「あれ? 慶太にしてはめずらしくいいこと言ってるね。よし、それでいこうか! あとカメラじゃなくてスマホでいい感じに撮る練習しない?」

「ああ、いいですね! スマホのカメラも高性能ですし、それでいきましょう」


 先輩方があっという間に今日の活動を決めてしまった。な、なるほど、ポートレートか、人物を主な被写体とした写真のこと……というのはみんな知ってるか。自分が撮られるのはちょっと恥ずかしいものがあるが、こういうことにも一応慣れておかないといけないなと思った。

 ポートレートを撮る時は背景をぼかしたりするのも一つの手だと、先輩方が詳しく教えてくれた。スマホにもポートレートモードがある場合もあるので便利だと。なるほど、カメラ、設定にも色々あるのだなと勉強になった。

 色々な話を聞きながら、僕たちはお互いを撮って見せ合っていた。恥ずかしい気持ちもあるが、ここでも自分の知識が増えていくことが僕は嬉しかった。

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