第48話「その後」

 前期試験も終わり、八月になった。今日から大学は夏季休暇に入る。

 高校の時よりも始まりは遅いが、後期が始まるのは九月末くらいからということで、しばらくのんびりできそうだ。特に課題は出ていないのだが、講義の復習などの勉強もバイトもしっかりと頑張りたいという気持ちはある。

 今日は絵菜はバイトだと言っていた。そろそろ終わる頃だろうか。RINEを送ってみようかと思ったその時、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。「はい」と言うと、日向とみるくが入ってきた。


「お兄ちゃん、今忙しい?」

「ん? いや、別に忙しくはないけど、どうかした?」

「あのね、梨夏りかちゃんが久しぶりにお兄ちゃんとお話したいって言ってるけど、ビデオ通話でもしないかなと思って」


 梨夏ちゃんというのは、潮見梨夏しおみりかさん。僕の高校時代の後輩で、日向と同じ学年の元気で可愛らしい女の子だ。僕がいた頃は生徒会で書記を務めていたが、そういえば梨夏ちゃんたちも生徒会の交代の時期だ。どうなったか訊きたかった。


「ああ、そうなんだね、うん、ビデオ通話しようか」


 僕の足元で「みゃー」と鳴きながらすりすりしているみるくを抱きかかえて、リビングへと行く。日向が梨夏ちゃんとRINEをしているみたいだ。しばらく待っていると日向のスマホが鳴った。日向が通話に出ると、画面に梨夏ちゃんの顔が映し出された。


「もしもしー、あ、ひなっちとだんちゃんだー! だんちゃんお久しぶりー!」

「梨夏ちゃん、こんにちは!」

「もしもし、梨夏ちゃん久しぶりだね、元気にしてる?」

「うん! めっちゃ元気だよー! ひなっちとは別のクラスになっちゃったけど、たまに会って女子の秘密の話してるし!」


 日向と梨夏ちゃんが「ねー」と言っている。や、やっぱり僕の話とかしてないよな……と思ったが、訊いても教えてくれそうにないのでやめておいた。

 梨夏ちゃんは人をあだ名で呼ぶのが好きらしく、日向はひなっち、僕はだんちゃんと呼ばれている。最初は恥ずかしかったが、だんだんと慣れてしまった。あれ? 僕は後輩に甘いのだろうか。


「そ、そっか、元気ならよかったよ。梨夏ちゃんも頑張ってたからね、その後が気になってね」

「うん! あ、私ちょっと敬語がうまくなったよー! 日車先輩、お久しぶりです。ご機嫌麗しゅうございます!」


 な、なんか敬語の方向性がおかしい気がしたが、ツッコミを入れるのはやめておいた。梨夏ちゃんは敬語が苦手で、自分を変えたいと思って生徒会に入ることにしたらしい。僕も人付き合いやお仕事など、何事も面倒で逃げていたところがあったので、梨夏ちゃんの気持ちはよく分かった。少しずつ梨夏ちゃんも成長しているのだなと、なんだか嬉しくなった。


「そっか、梨夏ちゃん敬語うまくなってきたね、しっかり生徒会で頑張ってるからだろうね」

「うんうん、梨夏ちゃんすごいよね、この前みんなの前でちょっと話してたし!」

「えへへー、ひなっちとだんちゃんに褒められると嬉しいなー!」


 そう言って梨夏ちゃんが照れたように頭をかいている。


「あ、そうだ梨夏ちゃん、生徒会はどうなった? 天野くんたちは終わりだし、梨夏ちゃんたちも二年生だし、時期的にも交代かなと思ったんだけど」

「あーそうそう! そーとんとあおっぴが終わりでね、しょーりんが新しく生徒会長になりましたー! パチパチパチ! 私はそのまま書記を継続して、新しく副会長と会計の子が入ってくれたよー!」


 そーとんというのは天野くんのことで、あおっぴというのは橋爪葵はしづめあおいさん。天野くんと同じ三年生で、副会長をしていた。なぜか僕に憧れて生徒会に入った子だ。そしてしょーりんというのは黒岩祥吾くろいわしょうごくん。日向たちと同じ学年の男の子で、僕がいた頃は会計をしていたが、そうか、黒岩くんが生徒会長になったのか。


「ああ、そうなんだね、うん、黒岩くんも言葉は少ないけどしっかりしていたし、大丈夫なんじゃないかな」

「やっぱりだんちゃんもそう思うー? 私もそう思うんだけど、私が『生徒会長やりたい!』って言ったら、そーとんとあおっぴに全力で止められたよー、なんでかなー?」


 梨夏ちゃんが首をかしげていた。う、うーん、梨夏ちゃんは明るくて元気があっていいけど、生徒会長という感じではないな……というのは梨夏ちゃんに失礼なので黙っておくことにしよう。


「そ、そっか、まぁ、人間って適性があるからね、梨夏ちゃんは書記の適性があったから、そのまま頑張ればいいんじゃないかな」

「そっかー、そんなもんなのかなー、ま、いっか! だんちゃんの言う通り、私は私で頑張ればいいんだね!」

「うんうん、梨夏ちゃんはそのままお仕事頑張ってねー!」

「うん、精一杯頑張ります! ね、ちょっと敬語うまくなったでしょー!」


 梨夏ちゃんが「えへへー」と笑っていた。うん、少しずつ敬語がうまくなっている梨夏ちゃんを見て、やはり嬉しくなった。


「梨夏ちゃんも成長しているんだね、なんか嬉しくなったよ」

「えへへー、あ、そうそう! 全然関係ないけど、私今日誕生日なんだー! もっと褒めてくれてもいいよー!」

「あ、そうだった! 梨夏ちゃん誕生日おめでとう! 今度プレゼント持って行くねー!」

「ああ、そうなんだね、誕生日おめでとう。梨夏ちゃんも十七歳か」

「えへへー、ありがとー! 敬語もうまくなってるし、なんか大人になってきた気分! あ、だんちゃんはもう大人みたいなもんだよねー、大学って大変?」

「まぁ、大変なところもあるけど、今のところ色々楽しめてるかなと思うよ」

「そっかー! いいなー、キャンパスライフ? って憧れるなー!」

「梨夏ちゃんも私と同じこと言ってるー! でもお兄ちゃんの大学には私じゃ行けなさそうだからなぁ」

「うーん、さすがに私も無理だなぁー、まぁ、まだ先のことは分かんないけどねー」


 日向も梨夏ちゃんも二年生になったということで、そろそろ進路の話が出てくる頃だろう。僕も二年生の時は迷っていたし、そんなもんだよなと思った。


「まぁ、僕も二人と同じように分からなかったからね、これからじっくり考えるといいよ」

「そっかー、だんちゃんでも分からないってことは、難しいんだねー。ひなっち、頑張ろー!」


 梨夏ちゃんがそう言うと、日向が「おー!」と言った。さっき僕が言った通り、これから考えていけばいい。

 久しぶりに梨夏ちゃんと話したが、元気そうでよかった。まだまだ高校生活は続く。しっかり頑張って楽しんでほしいなと思っていた僕だった。

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