第94話「トートバッグ」

 十一月になり、朝晩はけっこう冷えるような日が出てきた。寒いのが苦手な僕は、ああまた寒くなってきたのかと、少し憂鬱だった。

 楽しかった学園祭も終わり、いつもの日常を送っている……のだが、十一月になったということは、大事な日があるのだ。それは――


(うーん、絵菜の誕生日が近いけど、何をプレゼントしようかな……これはクリスマスにとっておくとして……)


 そう、今年も絵菜の誕生日が近づいているのだった。しかし毎年何をプレゼントしようか迷ってしまう。実は一つプレゼントしたいものがあるのだが、それはクリスマスに絵菜と一緒に決めたいと思っていたものなので、誕生日は別のものをプレゼントしたいと考えている。

 パソコンの画面でショッピングサイトを眺めながらうーんと考えていると、


「お兄ちゃん、朝からなんだか難しそうな顔してるね」


 と、日向が言ってきた。


「ああ、絵菜の誕生日が近いから何かプレゼントしたいけど、なかなか思いつかなくて……って、毎年同じようなこと言ってるな」

「そっかそっか! もうそんな季節なんだねー、あれ? 今見てるこれにするんじゃないの?」

「あ、いや、これはクリスマスにとっておこうと思ってて」

「ああー、うん、いいんじゃないかな! お兄ちゃんも女性の心が分かるようになってきたねー!」


 ニコニコ笑顔の日向だった。う、うーん、女性の心はよく分からないところもあるんだけどな……。


「そ、そうかな、まぁそれはいいとして、ほんと何にしようかな……」

「うーん、たしかにプレゼントは迷うよねぇ……あ、そうだ、お兄ちゃん今日何か予定ある?」

「ん? 今日は何もないけど?」

「そしたらさ、私と真菜ちゃんと舞衣子ちゃんの三人で遊ぶ約束してるから、お兄ちゃんも来ない? 一緒にプレゼント考えてあげるよー」

「な、なるほど……いいのか女子会に男が混じって」

「もっちろーん! その代わり、お兄ちゃんに何かおごってもらいたいなー、可愛い妹がここにいるなーチラッチラ」


 そう言って日向が僕に甘えてくる。こ、こいつ、それが狙いなのでは……と思ったが、言わないことにした。



 * * *



 結局、日向の提案通り、日向たちの女子会に僕はおじゃまさせてもらうことにした。四人でショッピングモールに来ている。僕がプレゼントを探していることは日向が話してくれたらしく、三人も考えてくれていた。


「お兄様も毎年お姉ちゃんにプレゼント渡して、偉いですね!」

「いやいや、僕も絵菜からもらっているからね、ちゃんとしないといけないなと思っているよ」

「団吉さんのそういうところ、とてもいいと思う……」

「あ、ありがとう舞衣子ちゃん、でも何にするか全然決められなくてね……」

「うーん、去年はたしかマグカップをプレゼントしたよねぇ……せっかくなら使ってもらえるものがいいよねー、あのへん見てみよっか!」


 日向に引っ張られるようにしてお店を見て回る。小物、アクセサリー、コスメ、色々あるが僕には分からないものもある。三人があれこれ話しながら見てくれていた。もう少し僕も女性の心が分かるようになりたいな……。


「あ、団吉さん、これとかどう……?」


 舞衣子ちゃんが何かを見つけた。何だろうかと思ったら、バッグだった。なるほど、絵菜も専門学校へ行く時に色々と持って行くものがあるだろうし、いいかもしれないなと思った。


「あ、なるほど、バッグか……いいかもしれないね」

「まあまあ、そういえばお姉ちゃん、学校に行く時二つバッグ持って行ってるから、この少し大きめのトートバッグとかもいいかもしれませんね」

「ああ、そういえばそうだね、僕も一緒に行ってる時見たことがあるよ。そしたらこのあたりのトートバッグにするか……」

「お兄ちゃん、このレザーのトートバッグ、可愛い!」

「お、ほんとだ、なんていうんだっけこのデザイン……トリコロールだっけ?」

「そう。団吉さん分かってるね、これ可愛いね……」

「やっぱりそうか、フランスの国旗で覚えたような……じゃあこれにしようかな、えっといくらかな……」

「あ、お兄ちゃん、私もお小遣いから少し出すよ!」

「お兄様、私も少し出させてください」

「あ、団吉さん、うちもバイト代あるし少し出す……」

「え!? い、いや、そんなみんなに出してもらったら申し訳ないというか……」


 僕はそう言ったのだが、三人がじーっと僕を見つめて来る。な、なんだろう、ダメだと言えないじゃないか……。


「じゃ、じゃあ、少しでいいよ。みんなからのプレゼントということにしようか」

「うん! よーし買いに行こー!」


 日向がバッグを持ってレジへと行く。「プレゼント用ですか?」と店員さんに訊かれたので、「は、はい」と言うと、「じゃあラッピングしておきますね」と言ってくれた。ありがたいなと思った。


「よし、みんなのおかげでなんとか決まったよ、ありがとう」

「ふっふっふー、私たちがいてよかったでしょー! さぁここからはお兄ちゃんのおごりタイムでーす!」

「え、団吉さん、何かおごってくれるの……?」

「まあまあ、お兄様はやっぱり優しいですね、ありがとうございます!」

「ええ!? う、うーん、まぁみんなには一緒に考えてもらったし、仕方ない。みんな何かほしいものある?」

「やったー! お兄ちゃん大好き! じゃあみんなでまたクレープ食べよっか!」


 そう言って笑顔の三人と一緒にクレープ屋へ行った。おお、ここが絵菜や三人が来ていたところか。せっかくなので僕も食べることにした。


「……あ、クレープ美味しいね」

「そうなんです! お姉ちゃんが教えてくれて、すっかりハマってしまいました」

「うん、美味しい……あ、絵菜さんの誕生日っていつなの?」

「ああ、お姉ちゃんは十一月十日だよ!」

「あ、今年は日曜日なんだねー、お兄ちゃん、デートしたりするの?」

「そうだなぁ、そうしようかと思ってたけど、今回はプレゼントが少し大きいから持って歩くのもおかしいかな、どうしようかな……」

「そうだお兄様、もしどこかに出かけるのが気が乗らないなら、うちに来てくれませんか? お姉ちゃんも喜ぶと思います」

「あ、なるほど……うん、絵菜と話してみて、もしそれがいいと言ったら行かせてもらおうかな、ありがとう」


 後で絵菜と話してみようと思った僕だった。

 今年もなんとかプレゼントが決まった。ちょっとホッとしている僕だが、女性の心が分かるのはまだまだ先なのかもしれない。

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