第29話「ネイルケアイベント」
暖かい日が続いているこの頃だが、今日は少しだけ雨が降っていた。まぁたまにはこういう日もあるだろう。そういえば昔は雨の日は団吉と手をつなげないから、面白くないなと思っていた私がいたなと思い出した。それも懐かしかった。
そんな今日は、学校の横のホール、入学式が行われた場所で、ちょっとしたイベントがあった。何かというと、一般客を呼んでネイルケアやカラーリングなどをやってあげるという、私たちにとっては職業訓練みたいなイベントだった。
私は準備をして、学校横のホールへ向かった。席は自由なので、春奈と佑香がそれぞれ横に座った。
「あー、この日がやって来たねー、なんかちょっと緊張してきたー」
「……春奈は緊張しているように見えない」
「えーそう? これでも緊張してるんだよー、手が震えないように気をつけないとなー」
そう言って春奈がプルプルと手を振る。まぁたしかに緊張する気持ちも分かるというか。これまで母さんや真菜、団吉のお母さんや日向ちゃん、それに友達で練習させてもらったことはあったが、こうして知らない人に技術を施すのは初めてだ。私も緊張していた。
「なんか、技術もそうなんだけど、うまく話せるかな……」
「……絵菜の気持ち分かる。私もそっちが心配……」
「なんとまぁ、べっぴんさん二人は話すのがそんなに得意じゃないもんねー。仕方ない、私のおしゃべり能力を分けてあげようではないかー」
「……それはいらない」
「あーっ、佑香ったら、生意気なこと言ってー!」
春奈がポカポカと佑香を叩いている。いつもの光景だった。
「ま、まあまあ……あ、お客様が入って来たみたい」
そんなことを話していると開場の時間となったようだ。お客様が少しずつ入って来る。クラスメイトのところにも少しずつ人が座っていき、ついに私の前にも一人の女性がやって来た。
「ここ、いいですか?」
「あ、は、はい、どうぞ」
うう、私はどうも初めての人と話す時は引っかかってしまう。そういうのもよくないんだろうな、もっと練習していかなければと思った。
「よ、よろしくお願いします。まずは爪を綺麗にしますね」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
そう言って女性がペコリと頭を下げて、手を出して来た。二十代くらいだろうか、セミロングの黒髪が綺麗な、若い女性だった。手もシュッとしていて綺麗だ。優子の手に近いだろうか。私はヤスリなどを使って爪を綺麗にしていく。
「学生さん……なんですよね?」
その時、女性に話しかけられた。
「あ、は、はい、ここの隣の専門学校の生徒で……」
「そうでしたか、綺麗な金髪してますね、私もそれくらい染めてみたいけど、似合わなそうで」
「あ、ありがとうございます……お客様は手も爪も綺麗ですね」
「いえいえ、あまりお手入れとかしてなかったから、しっかり勉強されている方に見られるとちょっと恥ずかしいです」
女性がふふふと笑った。なんか、丁寧で優しそうな感じの人だなと思った。文句を言う人が来たらどうしようかと思っていたので、少しほっとした。
「こ、こんな感じで……どうでしょうか」
「わぁ、ありがとうございます。すごい、ピカピカだ。あ、色ってつけられますか?」
「あ、はい、こちらにカラーの見本があるので、お好きな色を選んでいただければ……」
「なるほど、こんなにあると迷ってしまいますね。じゃあ……薄い赤色のこれでお願いします」
「は、はい、ではこれで……」
そのままその女性にカラーリングを行う。うん、選ばれた薄い赤色が綺麗に発色していて、なかなかいいのではないかと思った。
「こ、こんな感じで、どうでしょうか……」
「わぁ、すごい、綺麗ですね、ありがとうございます。なんか自分の手じゃないみたいです」
嬉しそうにしている女性だった。私もほっとする。自分が手を加えることで綺麗になって、嬉しそうにしてもらえるのは、やはり私も嬉しい気持ちになる。
「ありがとうございました。あなたも頑張ってくださいね」
「あ、は、はい、こちらこそありがとうございました」
女性が握手しようと手を出してきたので、私はそっと手を握った。女性は小さく手を振ってその場を後にした。
「……絵菜も初めてのお客様、終わった?」
隣から佑香が声をかけてきた。
「あ、うん、優しそうな人でよかった……なんかこっちも嬉しくなるというか。佑香は話すこと出来た?」
「……う、うん、なんとか……少しご年配の方で、色々と向こうから話しかけてくれたから助かった……」
「そっか、私と佑香はトークの技術も身につけた方がよさそうだな」
こうしてお客様を相手にするということは、ビジネスマナー、トーク力みたいなスキルも必要になってくるなと思った。まぁ、もう少し時間はあるのでそれはこれからしっかりと身につけていけばいい。
今日は雨の日だったが、お客様もそこそこ来てくれたようだ。私も次々に人の爪を磨いていく。その度に「綺麗になった」「ありがとう」と嬉しそうにしてもらえるので、私も心があたたかくなった。
時間が来て今日は終了となった。最後のお客様を見送って、私はふーっと息を吐いた。
「終わったねー、お疲れさまー。絵菜も佑香もできたー?」
「ああ、お疲れさま。最初は緊張したけど、なんとかできたんじゃないかな」
「……わ、私も……でも、もうちょっと自分から話せるようになりたい……」
「ふむふむ、佑香はそこが課題なんだねー、まぁでもいいじゃん、私たちもいるし、これから小寺とお付き合いしてさー、トークもどんどんできるようになっていくさー」
「……え!? い、いや、まだお付き合いはしてない……」
「ふーむ、慌てないことも大事だと言ったけど、もうちょっと佑香は自分から前に出るようにしようかー、大丈夫、私たちがついてるよ!」
「……あ、う、うん……あれ? なんで私の恋の話になってるの……?」
恥ずかしそうに佑香が俯いたので、私と春奈は笑った。まぁそちらもこれからゆっくりと接してもらえると嬉しい。
イベントが終わって、私も春奈も佑香もいい経験をして、また一つ大きくなった気がした。
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