第28話「報告」

 週が変わって月曜日、今日はオンラインでの講義が行われる。

 僕はいつものように家にいて、パソコンの前に座って準備をしていた。たまにこうしてオンラインで講義が行われるのだが、未だに不思議な感覚になる。現代を生きる者としてはこういうのも慣れておかないといけないのだが、ちょっとそれも真面目過ぎるだろうか。

 指定されたルームに入ると、この講義を受ける人の顔が見えた。あ、拓海もいるみたいだ。その後しばらくして先生の画面に切り替わって、講義が始まった。今日は応用数学の分野で数値解析を学ぶ。数学の科目もどんどん難しくなっている。僕も油断せずに気合いを入れて臨んだ。

 説明を行っているのは榊原さかきばら裕也ゆうや先生。桐西大学の教授で、数学の科目を受け持っている。物腰が柔らかく、好きな先生の一人だ。今度少し個人的にお話を聞きに行こうかなと思っていた。

 その後、フランス語の講義もあり、午前中は終了した。ルームを退出して、ふーっと息を吐いているとスマホが鳴った。RINEが送られてきたみたいだ。送ってきたのは拓海だった。


『お疲れー、団吉も同じ講義受けてたんだな』

『お疲れさま、うん、僕も拓海がいたのに気が付いたよ』

『そっか、あーなんか疲れたな、甘いもの食べて元気出したいっつーか』

『あはは、それもいいかもね。あ、そうそう、全然話違うんだけど、僕今度一人暮らしをすることになってね、ぜひ拓海からもアドバイスをもらいたいというか』

『おお、マジかー、ついに団吉も一人暮らしかー、まぁしっかりしてる団吉ならなんか大丈夫そうっつーか』

『いやいや、初めてのことでちょっとドキドキなんだけどね、でも楽しみもあるよ』

『そうだよなー、俺も同じような気持ちだったよ。外食はお金がかかるからある程度は自分でなんとか出来た方がいいかもな』

『なるほど、まぁ料理はけっこう好きだから、なんとかなるかな』

『それなら大丈夫そうだな、掃除洗濯もこまめにやった方がいいぞ。たまってからだとやる気なくすからな』


 拓海の言葉を聞いて、やはり一人暮らしというのは何でも自分でやらなければいけないことを実感した。何でも後回しにせず、こまめにやった方がいいのだな。


『なるほど、ありがとう。自分一人でできるかちょっと不安だけど』

『大丈夫だよ、そのうち慣れるさ。あ、そのうち遊びに行かせてくれ。俺のとこにもまた来てほしいっつーか』

『うん、ありがとう、また行かせてもらうよ』


 ピンポーン。


 拓海とRINEで話しているとインターホンが鳴った。あれ? と思ったが、そうだ、今日は絵菜も学校が午前中で終わるから、午後にうちに来ると話していたのだった。僕は拓海にそのことを伝えて、玄関に行く。出ると絵菜が一人で来ていた。


「あ、団吉、忙しかった?」

「ああ、ごめん、講義が終わって拓海とRINEしてたところだったよ。上がって」


 僕がそう言うと、絵菜が「おじゃまします」と言って上がった。二人でリビングに行くと、「みゃー」と鳴きながらみるくがやって来た。


「あああ、みるくちゃん、今日も可愛い……」

「あはは、絵菜のこともしっかり覚えているね。絵菜、アイスコーヒーでいいかな?」

「あ、うん、ありがと」


 僕はキッチンへ行って、二人分のアイスコーヒーを入れて、リビングへ持って行った。


「はい、どうぞ」

「ありがと。なぁ、今日何か話したいことがあるって言ってなかったか?」

「ああ、そうそう、実は、僕今度一人暮らしすることになってね、そのことを伝えたかったんだ」

「ああ、なるほど……って、え!? ひ、一人暮らし……?」

「うん、なんか母さんが決めたんだけどね、急なことで僕もびっくりしたよ。昨日物件も見に行ってね、駅前近くにあるマンション……でいいのかな、そこに住むことになったよ」

「そ、そうなのか……なんか、突然のことで何が何だか……」

「あはは、ごめん、ちょっとびっくりさせすぎたかな。まぁ、今月は荷物まとめたりするからまだ実家にいて、六月一日に引っ越しをしようかなと思ってるよ」

「そ、そっか……団吉が、一人暮らし……」

「うん、あ、あれ? まだびっくりしてる……?」

「あ、そ、それもあるんだけど、その、あの……」


 そう言って少しもじもじしているような絵菜だった。何か言いたいことでもあるのだろうか。


「……わ、私、団吉の家に、遊びに行ってもいいかな……?」

「ああ、うん、もちろん。絵菜ならいつでも来てもらってかまわないよ」

「そ、そっか、よかった……」


 絵菜が僕の隣に来て、きゅっと抱きついてきた。い、いつも以上に可愛い……と思うのは彼氏として調子に乗りすぎているだろうか。


「……こうやって、二人でくっついてもいいんだよな……?」

「うん、もちろん。絵菜とくっつくの好きだよ。いっぱいできるね」

「うん、私も好き……そ、それと、たまにでいいから、と、泊まりに行っても、いいかな……?」

「ああ、うん、絵菜が泊まりに来てくれると僕も嬉しいよ」

「そっか……その時はなんだか二人で暮らしてるみたいだな」

「そうだね、絵菜が卒業して、僕も卒業して、二人とも働くようになったら、二人で一緒に暮らそうか。絵菜と僕の夢だもんね」

「うん、早くその日が来ないかなって思ってる……」


 絵菜がそう言ってニコッと笑顔を見せた。あああ、可愛い……神様、これは僕へのご褒美でしょうか、本当にありがとうございます……!


「あ、でも団吉が一人暮らしするってなったら、日向ちゃんが寂しがるんじゃないか?」

「ああ、日向は『お兄ちゃんの家に遊びに行こーっと!』とか言ってたよ。でももしかしたらしばらくは実家で寂しいと思うかもしれないね」

「そっか、でも団吉も日向ちゃんも、いつかは実家を出て行くことになるもんな」

「そうだね、想像していたよりはちょっと早かったけど、その時が来たんだなって思うよ」

「うん。あ、変な女が出入りしてないかちゃんと確認しないと……」

「え、絵菜? 変な女って……? だ、大丈夫だよ、そんなことにはならないからね……」


 僕が少し慌てていると、絵菜がクスクスと笑った。うう、やっぱり笑われてしまうのか……。

 でも、母さんが言っていた通り、一人暮らしは楽しみなことも多い。浮かれすぎはよくないが、絵菜と一緒に楽しいことがたくさんできたらいいなと思った。

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