第27話「物件」

 次の日、僕と日向と母さんは、一人暮らしができるような物件がないか探しに、駅前の不動産屋さんを訪れた。

 本当にそこまでする必要があるのか疑問があるが、母さんもいいと言っているし、色々な勉強にもなるだろう。深く考えるのはやめようと思った。


「なるほど、大学生の一人暮らしですねー、いい物件がありますよ」


 不動産屋さんのお兄さんが笑顔でタブレットを操作する。聞いたところによると三月、四月は引っ越しのピークで多いそうだが、この五月はだんだんと落ち着いてきている頃だそうだ。


「駅前近くとなると……こちらとかいかがでしょうか。1DKという形になりますが、ダイニングも十分広くてお部屋として使えますし、奥の洋室を寝室などでも使えますよ」


 お兄さんがタブレットを見せてくれた。おお、玄関を入って右側にトイレ、左側に洗面台とお風呂がある。まっすぐ行くと右側にキッチン、左側に八畳くらいのダイニング、奥の戸をはさんで六畳くらいの洋室がある。洋室にクローゼットもついている。


「な、なるほど……こちら何階ですか?」

「こちらは八階建ての建物の三階になります。角部屋なのでバルコニーも二つありますよ」


 もう一度間取りを確認すると、ほんとだ、洋室とダイニングキッチンから出れるバルコニーと、洋室から出れるバルコニーの二つがあった。


「お、おお、すごい、ここいいんじゃないかな……」

「団吉も気に入ったかしら、お母さんもいいんじゃないかなって思うわ。ちなみにこれで家賃はいくらになりますか?」

「はい、ここはこのような感じですね」


 家賃を見ると、僕のバイト代で出せないこともないなと思った。さすがにその他生活費は少し母さんにお世話になってしまうかもしれないが……しかしこんなピンポイントでいい物件があるのだろうか?


「他にも単身者向けで人気なのはこちらのようなワンルームですね。ここはロフトもついていて、比較的新しい物件になっています」


 お兄さんがもう一つ見せてくれた。十畳くらいの洋室にロフトがついている。クローゼットもあるみたいだ。なるほど、拓海の部屋と似ている気がした。


「な、なるほど、これで家賃は……あ、さっきのとあまり変わらないんですね」

「はい、こちらは新しい物件ということで、お部屋自体は広いのですが家賃はそれなりに上がってしまいますね」

「な、なるほど……うーん、ということはさっきの1DKの方がお得なのかな……」

「実際にご覧になってはいかがでしょうか? 駅前から近いですし、すぐ行けますよ」

「あ、そうですね、お願いします」


 僕たちは1DKの物件を見せてもらうために移動した。たしかに駅前から歩いて五分から十分の間くらいだろうか。そんなに遠くない。周りもマンションやアパートが多く、単身者向けの物件が多いのだろうか。


「このお部屋になります」


 お兄さんが開けてくれた。おお、実際に見るとこんな感じなのか。キッチンも二口コンロだし、ダイニングのエアコン下に高い棚があった。ここも収納に使えそうだ。クローゼットもそこそこ広い。部屋も広く感じるが、物を置いたらまた印象は変わって来るだろう。寝室にも壁があるので、僕の背の高い本棚も持ってくることができそうだ。


「お、おお、すごいな……これであの家賃って本当ですか……?」

「そう思いますよね、ここは築二十五年と古めではありますが、数年前にリフォームしてるんですよ。なので中も綺麗になっています。ちょうど三月で空いたところで、私のイチオシとなっていました」

「そ、そうなんですね……なんか、色々見た方がいいのかもしれないけど、ここピッタリ過ぎていいような気がする……」

「お母さんもそう思うわ。なかなかいい物件があったわね。ここからなら駅も近いし、うちやバイト先にも行けるし、いいんじゃないかしら」

「お、お兄ちゃんの新しい城はここになるのか……! カッコいい!」


 キョロキョロと部屋を見回す日向だった。


「他にも私のイチオシはあったのですが、三月四月で埋まってしまいまして、最後の一つとなっておりました。なのでいいタイミングに来ていただいたかもしれませんね」

「な、なるほど……」

「駅前にもスーパーがありますし、反対側にコンビニもありますし、生活面でもけっこう便利なのではないかなと私は思いますよ」

「そ、そうですか……ほんとよさそうだな……よし、ここにします」

「はい、ありがとうございます、承知いたしました。そしたら記入していただきたい書類がありますので、戻りましょうか」


 僕たちは不動産屋に戻って、入居のための手続きを行った。なるほど、敷金、礼金、仲介手数料というのも加わってくるのか。ちょっとお値段するな……と思っていたら、「お母さんが出してあげるから安心しなさい」と母さんがこっそりと僕に言ってきた。な、なんだろう、心を読まれているような気がした。


「入居時期はいつ頃にしましょうか? 空いている部屋なのでいつでも大丈夫ですが」

「あ、そうですね……五月中に荷物をまとめたいので、えっと……六月一日の日曜日ということでも大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ、月初めでちょうどいいですね。承知いたしました。そしたら六月一日から入居ということで」


 必要書類に記入を行って、今日は終わりということで、僕と日向と母さんは不動産屋さんのお兄さんにお礼を言って帰ることにした。


「ふふふ、団吉よかったわね、なかなかいいところだったじゃないの」

「うん、なんかほんとにいいのかなって思うけど、まぁお兄さんもイチオシって言ってたし、よかったと思うようにするよ」

「お兄ちゃんの一人暮らしかぁー、あ、変な女の人連れ込んだらダメだからね! 絵菜さんに言いつけるよ!」

「な、なんでそんなことになるんだよ、それはないよ。え、絵菜が来ることはあるかもしれないけど……」

「ふっふっふー、私も遊びに行くからね! あ、真菜ちゃんや健斗くんも連れて行こーっと!」

「お、おう、なんか日向の方がはしゃいでるな……ま、まぁいいか」

「ふふふ、日向も楽しそうね。ねぇ二人とも、ちょっと駅前の喫茶店に寄って行かないかしら? コーヒーでも飲みましょう」

「わーい! お兄ちゃん、ゴチになります!」

「ええ!? な、なんで僕が……まぁいいけど」


 なんか自分が一人暮らしをするなんて、まだうまく想像ができないが、これもまたいい勉強になるかなと、心の中で思っていた。

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