第26話「お母さんの決意」

 週末の土曜日、僕はいつものようにバイトに入った。

 舞衣子ちゃんもバイトに入っていて、一緒に頑張った。パートのおばちゃんから「日車くんも鈴本さんも偉すぎるわー、二人とも勉強は大丈夫?」と訊かれたので、二人で「はい」と答えると、「あらー、すごいわねー、無理はしないようにしてね」と言われた。うん、勉強もバイトも頑張りたい気持ちは僕も舞衣子ちゃんも一緒だ。

 三時まで頑張って、舞衣子ちゃんと一緒に店の外に出た。暖かくて風が気持ちいい。


「舞衣子ちゃん、お疲れさま。今日も頑張ったね」

「お疲れさま……うん、団吉さんがいるから頑張れる……」

「そっか、勉強の方はできるようになったって言ってたけど、そっちは大丈夫?」

「うん、団吉さんにも教えてもらったし、ちょっとずつ分かるようになってる……ありがと」

「そっかそっか、それならいいんじゃないかな」

「うん……でもうち気づいたんだけど、このままバイト続けても団吉さんは今年も入れてあと三年なんだね。うちも来年短大に入れたら……なんだけど、あと三年で一緒なんだなって」


 舞衣子ちゃんに言われて、僕ははっとした。そうだ、僕は今二年生、今年も入れるとあと三年で大学は卒業だ。その先は就職することになるだろう。そしたらバイトも辞めることになる。高校三年生の舞衣子ちゃんも短大に行きたいと言っていたので、あと三年なのは一緒だ。


「あ、そうだね、僕も舞衣子ちゃんも、順調にいけばあと三年でバイトも卒業か……」

「うん、ちょっと寂しくなった……でも、まだまだあるから、ちゃんと頑張ろうかなって……」

「そうだね、それまで二人で頑張っていこうね」


 二人で話しながら途中まで一緒に帰って、舞衣子ちゃんと別れて僕はまっすぐ家に帰る。玄関を開けると靴が二足あった。母さんは休みだが、日向は部活があったはずだ。もう終わって帰って来たのか。玄関に「みゃー」と鳴きながらみるくがやって来たので、なでてあげた。


「あら、団吉おかえり」

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「ただいま、日向も帰ってたのか」

「うん、しっかり頑張って来たよー!」

「そっか、もうすぐ三年生は最後の大会なのかな?」

「そうだね、健斗くんもみんなも気合い入ってるよ。絶対に全国行くんだって」

「ああ、火野や中川なかがわくんを思い出すなぁ。あの二人も同じようなこと言ってたよ」


 中川くんというのは、中川なかがわ悠馬ゆうま。サッカー部の元キャプテンで、茶髪の長身イケメンだ。火野と同じくらいサッカーが上手で、女の子にも人気だった。くそぅイケメンが羨ましい。


「ふふふ、みんな頑張ってて偉いわ。若者を見ているとお母さんも頑張らないとなーって思うわ……って、その発言がもうおばさんね、いやねー」

「ま、まぁ、たしかにみんな頑張ってるよね、舞衣子ちゃんも勉強もバイトも頑張ってて偉いなと思ったよ」

「そうね、若いうちに経験することは、これから先もちゃんと生きてくるわよ。で、そんな頑張っている団吉にいいお知らせがあります。お母さんは決めました!」


 そう言って母さんが右手を挙げた。決めた? なんのことだろうか……って、以前もこんなことがあったような。


「ん? いいお知らせ? なにかあったの?」

「ふふふ、団吉ももう二十歳だからね、世の中のことを学ぶにはちょうどいいんじゃないかなーってね」


 世の中のことを学ぶ? なんのことかさっぱり分からなかった。


「よ、世の中のことを学ぶ……? よ、よく分からないんだけど……」

「ふふふ、決まってるでしょ、団吉、この家を出て一人暮らししなさい」


 ああ、なるほど、この家を出て一人暮らしをすると。


 ……って、えええええ!?


「ええ!? ひ、一人暮らしって、一人で暮らすっていうアレ!?」

「お、お兄ちゃん、そのまんまだよ……」

「あ、ああ、そっか、いや、でも一人暮らし……?」

「そうそう、しっかりしてる団吉なら十分やっていけると思うわ」

「そ、そっか……って、いや、大学もそこまで遠いわけでもないし、バイトもあるし、実家にいても特に不便はないんだけど……」

「まぁそうかもしれないけど、さっきも言った通り世の中のことをもっと学んでほしいとお母さんは思うわ。一人で暮らすことによって、生活というのがどういうものか分かるし、お金のやりくりも考えて、自立できるんじゃないかなってね」


 な、なるほど、たしかに生活面では母さんや日向に支えられているところもある。一人になるということは、今まで支えてもらったことも全部自分でしないといけないのだ。それも経験なのかもしれないが、上手くイメージできなかった。


「そ、そっか……でもどうしよう、バイトがあることを考えると、大学の近くに住むというわけにもいかないような……」

「そうね、だからこの街に住めばいいと思うわ。駅前の近くならそんなに遠くないし、大学も行きやすくなるし、バイトも電車を使わず行けるし、いいんじゃないかしら」


 そ、そっか、この街に……って、それって無理して実家を出る必要があるのだろうか。


「う、うーん、まぁいいんだけど、そこまでする必要あるのかな……」

「ふふふ、あまり深く考えなくていいのよ。一人になると楽しいこともあるわ。寂しいと思ったらたまにここに帰って来ればいいし、いいんじゃないかしら」

「おおー! お兄ちゃんが一人暮らしかぁ、遊びに行こーっと!」

「お、おう、なぜか日向がやる気出してるな……ま、まぁいいか。分かった、母さんがそう言うなら、それもありかなと思ってきたよ」

「ふふふ、そうでしょ。あ、引っ越し費用は出してあげるから安心しなさい。生活費もバイトで足りなかったら出してあげるから、言いなさいね」

「ええ!? い、いや、それは申し訳ないというか……」

「この前カメラを買ったから、団吉も大変でしょ。いいのよ、そのくらい親に甘えておきなさい。明日にでも不動産屋さんに行ってみましょうか」


 お、おお、なんだかよく分からないが、あっという間に僕が一人暮らしをする流れになっているな……でもそうか、友達でも何人か一人暮らしをしている人がいる。アドバイスをもらうのもいいかもしれないなと思った。

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