第67話「隠し事」

 小寺が春奈と佑香と私の三人を助けてくれた日の夜、私は部屋でスマホを眺めながらうーんと考え込んでいた。


(どうしよう、今日あった出来事を団吉に話していいのだろうか……でも余計な心配はかけたくないし……でも隠し事は嫌だって言ったのは私だし……でも、でも……)


 ポチポチとRINEでメッセージを打っては消す私だった。いや、やっぱり余計な心配はかけたくないな、そう思って一旦スマホから離れようとしたその時、私のスマホが鳴った。RINEが送られてきたのだ。相手は――


『絵菜、こんばんは。今日は遊びに行ってたんだよね、楽しかったかな?』


 このように迷ってる時はだいたい相手の方から連絡が来るものだ。団吉からだった。今日春奈と佑香と遊びに行くことは、昨日話したので団吉も知っている。きっと団吉は深くは考えずにRINEを送ったはずだ。深く考えすぎているのは私だ。とりあえず返事を送ることにした。


『うん、春奈と佑香とショッピングモールに行ってきた。楽しかった』

『そっか、よかったよかった。三人で女子会か、楽しそうだね』


 本当は三人じゃない。ただあの後小寺は少し話して、用事があるからと私たちと別れた。それを考えると三人で遊んだと言っても嘘ではないのか。

 ……でも、どうしても私の中で引っかかっていた。団吉は何でも話してくれるのに、私だけ隠し事をしているみたいな気持ちになる。世の中には話さないでおくべきこともあるはずだが、それがこのことなのだろうか。しばらく悩んで私は、


『うん、団吉、今からちょっと通話できないか?』


 と、団吉にRINEを送った。


『あ、うん、いいよ、ちょっと待ってね、僕からかけるよ』


 しばらく待っていると、団吉から通話がかかってきた。私はふーっと息を吐いて通話に出る。


「も、もしもし……」

「もしもし、あ、ごめんね、なんか日向が何の話するのか聞きたがってたから、部屋に逃げてきちゃったよ」


 そう言って団吉が少し笑ったので、私もつられて笑った。相変わらず仲の良い兄妹だ。もしかしたら日向ちゃんは真菜も入れて四人で話したかったのかなと思った。


「そっか、やっぱり二人は仲が良いな」

「うーん、いつも思うんだけど、やっぱりべったりなのもあんまりよくないのかなぁって」

「ううん、兄妹で仲が良いっていいことだと思う」

「そ、そっか、そういえば長谷川くんにも同じようなこと言われたな……この前長谷川くんがうちに泊まりに来てね」

「あ、そうなんだな、日向ちゃんは嬉しかったんじゃないかな」

「それが、なんか恥ずかしそうにしてたよ。もっといつも通りでいいと思うけど、まぁ二人の気持ちも分かるなって思って、そっとしておいたよ」


 そうか、長谷川くんが団吉の家に泊まりに行ってたのか。私や真菜も泊まりに行くことがある。その時どうも恥ずかしい思いをしている気がするが、あの二人も同じような感じだったのかな。


「そっか、まぁでも長谷川くんも日向ちゃんも、仲が良いだろうから、心配はないかもな」

「そうだね、兄としてそっと見守っておこうかな……あ、ごめん、うちの話ばかりして。絵菜は通話したいって言ってたけど、何が話したいことあった?」


 その言葉を聞いて、私はドキッとした。そしてさっきまでの考え事がまた頭の中をぐるぐると回り始めた。どうしよう、話した方がいいのか、黙っておくべきなのか。でも心のどこかで引っかかるのなら、話した方がいいのではないかと思った。


「あ、そ、その……団吉、驚くかもしれないけど、怒らないで聞いて」

「え? う、うん、ど、どうかしたの……?」

「そ、その……私、今日、知らない男の人たちにナンパされた……」


 ……あれ? 今私って言ってしまった? そ、それだと私だけがナンパされたみたいだ。慌てて「……あ、いや、ごめん、私だけじゃなくて、春奈と佑香も……」と付け加えた。


「ああ、なるほど、三人がナンパされたと……って、えええ!? な、なななナンパ!?」

「う、うん……ごめん、突然声かけられて、腕引っ張られて連れて行かれそうになって……」

「えええ!? そ、それって、なんか危険な香りが……! 三人とも大丈夫だったの!?」

「う、うん、まずいと思った時に、小寺……あ、専門学校で知り合った男の人に助けてもらった……」

「そ、そっか……よかった……のかな、今僕びっくりしすぎて腰抜けるかと思ったよ」

「ご、ごめん、ほんとは団吉に余計な心配かけたくなくて、でも私の中で隠し事してるみたいでどうしても嫌で……それで話そうと思って」

「そ、そうなんだね……いや、絵菜を心配するのは当たり前だから、でもそっか、よかった……」


 ふーっと団吉が息を吐く音が聞こえてきた。やはり団吉に心配をさせてしまった。申し訳ないなと思っていると、


「……でも、絵菜ありがとう。話すか黙っておくか迷ってたんだよね、僕は絵菜が話してくれたのが嬉しかったよ」


 と、団吉が言った。


「そ、そっか、よかった……もう三人で遊びに行くなとか言われるかと思った……」

「さ、さすがにそれは言わないかな……でも、小寺くんだっけ? 男相手でも前に出ていけるのはすごいね」

「なんか空手と柔道を昔からやってたみたい。ナンパしてきた奴らは何もできなかった」

「そ、そうなんだね、いや待てよ、やはり絵菜を守るためには、僕も腕っぷしが強くならないといけないのかな……ブツブツ」


 団吉が私のようにブツブツと何かを言っていた。めずらしいなと思ってふふっと笑ってしまった。


「団吉は大丈夫。何度も私や真菜を助けてくれてる。腕っぷしの強さだけが強さじゃないよ」

「そ、そっか、僕はそういうのは苦手だから、つい考えちゃうんだよね……でも、前に言った通り、僕は絵菜と真菜ちゃんを守るって決めてるからね」

「ありがと。そんな団吉が大好きだ」

「僕も絵菜が大好きだよ。お互い隠し事というか、話すべきことと、黙っておくべきこと、色々あると思うから、ゆっくり考えていくことにしようか」

「うん、分かった。でも今回のは話してよかった。団吉の愛情を感じて嬉しい」

「そ、そっか、ちょっと恥ずかしいんだけどね……あ、また日向がなんか呼んでる、ご、ごめん、このへんで……」

「あ、うん、分かった。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 団吉との通話を終了した。びっくりさせてしまったが、話したことでどこかスッキリとした気持ちになっていた。まぁ、いい話ではなかったけど……。

 でも、団吉も言っていたように、話すべきことと黙っておくべきことがこれからもあるだろう。選択を間違えないようにしたいなと思った私だった。

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