第63話「旅は帰るまで」

 しばらく東武ワールドスクウェアで、見学と撮影を楽しんでいた。

 人形たちと同じ目線で写真を撮ると、本物そっくりに見えるし、ピサの斜塔を天野くんと橋爪さんが右から支えているような、トリックっぽい写真も撮ることができた。なかなか面白いなと思った。

 お昼は園内のレストランで食事をとることにした。僕はカレーをいただいてみる。見た目は辛そうな感じがしたが、食べてみるとそこまで辛くない。食べやすくて美味しかった。


「ダンキチ、たのしんでる?」


 僕の隣に座ったエレノアさんが訊いてきた。


「うん、ミニチュアとはいえ、本物そっくりだから面白いね。いい写真も撮れた気がするよ」

「そっか、わたしもしゃしんとった。かえったらダンキチのみたい」

「そうだね、みんなで写真を見せ合うのも楽しみにしてるよ」

「日車先輩! さっき私と天野くんのこと撮ってたような気がするんですが!?」

「あ、うん、バッチリ撮ることができたよ。帰ったら見せてあげるね」

「うふふー、日車先輩に撮ってもらっちゃった! 美人さんに写っているといいなぁ!」

「だ、大丈夫だよ、橋爪さんも可愛らしいよ……あはは」


 橋爪さんの期待に添えられるような写真になっているか、ちょっと不安がある僕だった。

 お昼を食べた後、園内を十分に楽しんだ僕たちは、鬼怒川温泉駅に戻ることにした。荷物も置いているし、ここから特急電車に乗って帰らないといけない。もう旅が終わってしまうのか……と、ちょっと寂しい気持ちになった。


「あー、もう帰らないといけないのかー、なんだか寂しいねー」

「ほんとだね、亜香里先輩の言うとおりだよ。楽しい時間はあっという間に過ぎていくね」

「ほんとですね、でも、いい思い出がたくさんできました。帰ったらその思い出を写真とともに振り返りましょう」


 先輩方も寂しそうだが、成瀬先輩の言う通り、帰ってからこの思い出を振り返るのも楽しいだろう。写真を整理しておきたいなと思った僕だった。

 荷物を取って、帰りの電車に乗り込む。来た時と違うペアにしようということで、川倉先輩と僕、慶太先輩と橋爪さん、成瀬先輩と拓海、エレノアさんと天野くんのペアになって席に座ることにした。


「団吉くん、楽しかった?」


 電車が出発して、川倉先輩が僕に訊いてきた。


「はい、景色や料理をみんなで楽しむことができて、とても楽しかったです。川倉先輩はどうですか?」

「私も楽しかったよー。でも、私は四年生だから、この旅行も今年までなんだよね……それを考えるとちょっと寂しくなっちゃった」


 あははと笑った川倉先輩が、ちょっとだけ下を向いた。

 たしかに、川倉先輩は四年生。来年の今頃は卒業しているだろう。そう考えると僕も少し寂しい気持ちになった。


「そうですね、川倉先輩と旅行に行けるのもこれが最後になるかもしれないのか……」

「あ、私が留年して、もう一回楽しむってのはどうかな?」

「え!? い、いや、それはあまりよくないような……あはは」

「ふふふ、冗談だよ。残りの大学生活も色々大変だけど、一つでも多くみんなと楽しい思い出ができるといいなーと思っているよ」


 川倉先輩がニコッと笑った。『冗談だよ』と聞いて、絵菜みたいだなと思った。

 みんなで色々話していると、あっという間に電車は都会の駅に着いた。そこから乗り換えて、大学の最寄り駅へと行く。大学の校門のところで解散ということになっている。


「……よし、ここまで帰って来たね。じゃあみんな、お疲れさまだね。写真は夏休み明けにまた集まって、みんなで見ていくことにしようではないか。ボクもその時を楽しみにしているよ」


 新代表の慶太先輩が声を出した。僕たちは「お疲れさまでしたー」と次々に口にした。


「ふふふ、慶太も新代表としてなかなか決まってるねー、よきかなよきかな」

「あ、ま、まぁ、さっきも言ったけど、まだまだ未熟だから、亜香里先輩のサポートもぜひもらいたいものだよ」

「よっしゃ、帰るかー、あー終わっちまったなぁ、なんか寂しい気持ちになるっつーか」

「ほんとですね、あ、日車先輩、駅前まで一緒に帰りませんか?」

「ああ、うん、じゃあ帰ろうか」


 僕は天野くんと橋爪さんと一緒に、駅前まで帰ることにした。


「なんだかいい経験をさせてもらいました。これが大学生なんだなぁって思ったというか」

「私も一緒! 不思議な気持ちになるよね。日車先輩、これからも私たちに色々教えていただけると嬉しいです!」

「うん、僕も去年同じようなことを思っていたよ。まだまだこれから色々な経験をしていくと思うけど、楽しんでいこうね」


 僕がそう言うと、天野くんと橋爪さんが「はい!」と元気に返事をした。

 先に橋爪さんが降りて、駅前で天野くんと別れて、僕は家に帰る。そうだ、一人だから出迎えてくれる人もいないよな……と思うと、少し寂しい気持ちになった。


「ただいまー」


 誰もいない部屋で、一人声を出してみる。今度また実家に帰るのもいいなと思った。

 僕はスマホを取り出して、絵菜に通話をかけてみることにした。忙しいかな……と思ったが、すぐに出てくれた。


「もしもし、ごめん急に通話かけて」

「もしもし、ううん、大丈夫。帰って来たのか?」

「うん、さっき帰って来たよ。部屋に一人で寂しくなって、絵菜の声が聞きたくなって」

「ふふっ、団吉も可愛いところあるな。私でよければいつでも」

「ありがとう。あ、お土産買ってきたから、今度渡しに行くね」

「ありがと。楽しかったか?」

「うん、今年も色々な経験が出来て、よかったなって思ったよ」

「それならよかった。写真撮って来たなら、見せてもらえると嬉しい」

「うん、今度一緒に見ようか。なかなかいい写真が撮れたと思うよ」

「うん。団吉の浮気写真がないか、しっかり見ておかないとな……」

「え!? そ、そんなものはないよ!」

「ふふっ、冗談だよ。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで」


 また久々に絵菜の『冗談だよ』が聞けたなと思った。思わず笑ってしまうと、絵菜も笑っていた。

 しばらく絵菜と通話で話していた。今年もサークルの旅行が終わった。楽しい思い出を胸に刻んで、これからも頑張っていきたいなと思った。

 

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