第108話「進路」

 お正月三が日が過ぎ、四日になった。なんかこの頃の時の流れってあっという間な気がするのは、気のせいだろうか。

 昨日は新年初のバイトに入った。店長やパートのおばちゃんと新年のご挨拶をした。みなさん「今年もよろしくねー」と言っていた。

 舞衣子ちゃんも元気にバイトを頑張っていた。やはり舞衣子ちゃんは明るくなってきたな。僕は嬉しかった。

 そして今日は日向、真菜ちゃん、長谷川くん、舞衣子ちゃんたち高校生の冬休みの課題を見てあげる約束をしていた。絵菜は新年初のバイトだと言っていたな。それにしても高校生はみんな頑張っているのだ、応援してあげたいな……と思っているのだが、日向は相変わらず嫌そうな顔をしていた。


「ううー、みんな集まるのに、勉強だなんて……やる気出ないよー」

「ま、まあまあ、みんな頑張ってるし、日向も課題がまだあるんだろ? 今日終わらせておかないと、大変なことになるぞ」

「う、ううー、お兄ちゃんが厳しい……でも頑張らないと……」


 いつものようにしぶしぶ受け入れている日向だった。

 しばらく日向に勉強を教えていると、インターホンが鳴った。出ると真菜ちゃんと長谷川くんと舞衣子ちゃんが来ていた。みんなで集まって来たのかな。


「いらっしゃい。またみんな集まって来たの?」

「お兄様、こんにちは! はい、RINEで話してみんなで集まってきました!」

「こ、こんにちは! すみません今日はお世話になります」

「団吉さん、こんにちは……日向ちゃんは?」

「ああ、文句を言いながらも先に勉強してるよ。みんな上がって」


 三人が「おじゃまします」と言って上がった。リビングに案内すると、テーブルに突っ伏している日向がいた。


「ひ、日向、大丈夫か……?」

「……お兄ちゃん、私は日車日向の抜け殻です。本体はどこかに行きました。さぁみんなに勉強を教えてやってください」

「い、いや、抜け殻がしゃべるわけないだろ……分からないんだな」

「だってー、難しいよー、どうしてこんなに課題があるのかな……」


 結局文句を言う日向だった。


「日向ちゃん、もう勉強してるんだね、偉すぎるよ!」

「ううー、真菜ちゃーん、一緒に逃げよう? ビューンと風を切って」

「ひ、日向落ち着いて……逃げるなら僕も一緒に逃げるよ」

「ううー、健斗くーん、健斗くんは足が速いからうまく逃げられそう」

「日向ちゃん、大丈夫……うちも分からないことばかりで嫌になる……」

「ううー、舞衣子ちゃーん、舞衣子ちゃんはなんか空を飛べそうな気がするね」

「はいはい、冗談はそこまでにして、みんな頑張ろうか。分からないところあったら何でも訊いて」


 僕がそう言うと、みんな「はーい」と言って準備をして勉強を始めた。リビングのテーブルで日向と長谷川くんが、ダイニングのテーブルで真菜ちゃんと舞衣子ちゃんが勉強している。


「お兄様、ここが分からないのですが……」

「ああ、ベクトルの問題か、こことここが同じだから、こうなって……」

「ああ、なるほど! お兄様は何でもできてすごいですね、さすがです」

「団吉さん、ここ分かんない……」

「ああ、舞衣子ちゃんもベクトルで悩んでいるみたいだね、ここはこうして、こうなって……」

「あ、なるほど……団吉さんすごいね、何でも分かっちゃう」

「お兄ちゃん、数学検定も見事に合格だったもんねー、高校生の内容なんてへっちゃらでしょー」

「お兄さん、数学検定ってなんかすごそうですね! これが数学の神か……!」

「い、いや、僕でもつまずくこともあるけどね……」


 なんだろう、僕がとんでもなくすごい人だと思われていないだろうか……そんなことはないからね……。

 そんな感じでみんなに勉強を教えて、三時になったので少し休憩することにした。僕はみんなの分のジュースとお菓子を用意して、みんなに出した。


「はい、みんなお疲れさま。ちょっと休憩しようか」

「わーい! クッキーがあるー! いただきまーす!」

「ひ、日向はもう少しその元気を勉強の方に向けてくれると嬉しいのだが……あ、そうだ、みんなそろそろ進路の話が出てきていると思うけど、なんとなく決めてる?」


 そう、みんなも高校二年生。そろそろ進路の話が出てくる時期だ。僕も二年生の頃は迷っていたなと、なんだか懐かしい気持ちになった。


「お兄様、私、お兄様の大学を受けられないかなって思っています。文学部で語学を学びたいなと思って」

「おお、真菜ちゃんはうちの大学を受けたいのか、そういえば英語が好きだって言ってたね。それは頑張らないとね」

「はい! お兄様の後輩になれると思うと、頑張れそうな気がします!」

「ぼ、僕も実はお兄さんの大学の、経済学部に興味があって……でも去年の模試だと判定があまりよくなかったから、もっと頑張らないといけないのですが……」

「おお、長谷川くんもか。経済学部って以前も言ってたね。まだまだこれから頑張れば、大丈夫だよ」

「は、はい! 僕もお兄さんの後輩になりたいです!」


 真菜ちゃんと長谷川くんが嬉しそうな顔をした。そうか、二人はうちの大学を受けたいと思っているのか。勉強もできるみたいだし、これから頑張れば大丈夫だろう。


「日向と舞衣子ちゃんは、考えてる?」

「う、うーん、やっぱり私はペットトリマーが忘れられないなぁ。専門学校があったから、そこにしようかなーなんて……」

「うーん、うちは今の女子高が短期大学付属だから、そこにしようかなぁと思ってる……」

「そっか、うん、いいんじゃないかな。なんだ、みんなちゃんと考えてるんだね。なんか安心したよ」


 なんか僕よりもみんなしっかりしているような気がして、僕は嬉しい気持ちになった。


「うーん、でも、こういう話してると、高校卒業しちゃうとみんなバラバラなんだよね……それも寂しいな……」


 日向がぽつりと言った。そういえば僕たちも高校生の頃同じようなことを考えていた。たしかに大学や専門学校はそれぞれやりたいことも違うし、バラバラになるだろう。でも、友達なのは変わらない。寂しい気持ちも分かるが、その前にまだまだ高校生活は続くのだ。今を思いっきり楽しんでほしいなと思った。


「そうだね、僕や絵菜やみんなも同じようなこと考えていたよ。でも、みんなまだ一年以上高校生活は残っているから、しっかり楽しんでね。舞衣子ちゃんは学校が違うけど、こうしてみんなで集まると楽しいよね。みんなが楽しいと思うことを楽しんでもらえるのが嬉しいよ」


 僕がそう言うと、みんな笑顔になった。なんか先輩というより父親になった気分だが、これからもみんなが高校生活を楽しんでもらえると、僕も嬉しい。

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