第102話「報告」
私の専門学校では十二月にもテストが行われる。
高校の頃よりは期間は短く一日で終わるのだが、筆記と実技があって、ちょっと緊張する。
今日がそのテストの日だ。一応勉強はしてきたつもりだが、どうだろうか。私はドキドキしながら筆記と実技のテストを受けた。なんとか出来たと思うことにしよう。
「あー、やっとテスト終わったねー、疲れたよー」
私の隣で春奈が伸びをしながら言った。やはり疲れるのはみんな同じか……と、ちょっとホッとしていた。
「ああ、ちょっと疲れてしまった……あ、帰りにまた喫茶店に行かないか?」
「あーいいねー! 寒くなってきたしあたたかいコーヒーでも飲みたいなぁ。ねえねえ佑香も行くでしょ?」
「……あ、うん」
「よーし、そうと決まれば行きますかー!」
いつものように春奈が元気よく先頭を歩いて、私たちは学校の近くの喫茶店へやって来た。人はいたが混んでいるという感じではなく、すぐに座ることができた。
「あー、テスト頑張った記念に、なんか甘い物も食べたいなー。このケーキにしようかなー、絵菜と佑香もそうしない?」
「ああ、私もそうしようかな」
「……う、うん」
なんかいつも以上に佑香の口数が少ないなと思ったが、まぁ元々そんなにしゃべる方ではないので、その時はそれ以上気にならなかった。
三人でコーヒーやケーキを注文して、しばらく待っていると店員さんが持って来てくれた。
「わぁ、美味しそうー! いただきまーす!」
「いただきます……あ、美味しい」
「ねー、美味しいよねー! あれ? 佑香、食べないの?」
「……あ、い、いや、食べる……」
そう言って慌ててケーキを食べ始める佑香だった。
「……佑香? 何かあったのか?」
私は気になってしまってふと訊いた。どこかボーっとしているというか、いつもの佑香とはまた少し違う気がした。
「……あ、それが、その……」
恥ずかしそうにちょっと下を向く佑香だった。何か言いたそうにしていたので、佑香が言うまで待つことにした。
「佑香? どうしたの? なんか悩み事?」
「……あ、い、いや、悩み事じゃなくて、その……」
ふーっと息を吐いた佑香が、話を続けた。
「……こ、この前、小寺と、出かけてきた……ショッピングモールだけど……」
恥ずかしそうに俯く佑香だった。な、なるほど、小寺と出かけた……ということはデートみたいなものだろうか。
「ええー! 小寺と出かけたのー!? と、ということは、それってデートじゃーん! 佑香、やったね!」
佑香の隣に座っていた春奈が、嬉しそうに佑香の手をとってはしゃいでいた。佑香は「……あ、う、うん……」と、やっぱり恥ずかしそうだった。
「そっか、小寺と出かけたのか……佑香、よかったな」
「……う、うん、わ、私なんかと出かけても、面白くないと思うけど……」
「そんなことないよー! 小寺だって女性と出かけるなんて、嬉しかったんじゃないかなー!」
「ああ、佑香、面白くないなんてことないよ。きっと小寺も佑香だから一緒に行ってくれたんじゃないかな」
「……そ、そうかな……恥ずかしいけど、どうしてもあの噂を信じてたこと、謝りたかったから……」
なるほど、あの小寺の噂は嘘だということを小寺もずっと言っていた。それでも春奈と佑香は警戒していたのだが、まぁ噂なんて誰かが勝手に広めてどんどん話が大きくなるものだ。私もきっと昔は陰で色々なこと言われていたんだろうな……と思った。
「そ、そっか、まぁあれはたしかに私もよくなかったな……小寺にひどいこと言っちゃった……」
「まぁ、小寺はそんなに気にしてないんじゃないかな。明るくてポジティブだし、許してくれそうな気がする。佑香、小寺は何か言ってた?」
「……な、なんか、鍵山さんが謝ってくれたのが嬉しい、ありがとうって、逆に感謝されてしまって……」
「そっか、それはよかった。小寺も二人が思っていたよりもいい人だな」
私がそう言うと、佑香は「……う、うん、いい人……」と、顔を赤くして言った。完全に恋する乙女だ。でも、恋をするっていいものだよな……と思っていたその時だった。
「――あれ? みんないる!」
と、声がした。見ると今まさに話題に上がっていた小寺が笑顔でこちらを見ていた。
「あ! う、噂をすればなんとやら……」
「噂? 池内さん、なんのこと?」
「ああ!! い、いや、なんでもない……こ、小寺は一人?」
「ああ、帰る前にちょっとジュースでも飲んで行こうかと思って寄ったんだよ。偶然だね!」
「そ、そっかー、あ! こ、小寺ここ座って! 私はそっちに行くからさー」
そう言って春奈が席を空けて、私の隣に座った。
「……は、春奈……!」
「ああ、いいの? じゃあおじゃましようかな。あ、鍵山さん、この前はありがとう! 楽しかったよ」
「……あ、こ、こちらこそ、あ、ありがとう……楽しかった」
顔を真っ赤にして小さな声で話す佑香だった。
「あ、こ、小寺、あのさ、佑香が謝ったって言ってたから、私も謝りたくてさ、その……ひどいこと言ってごめん……」
こちらも恥ずかしそうな春奈だった。
「ん? ああ、もしかして噂のこと? そんな気にしなくていいのに。でも、やっぱり謝ってくれたっていうのが嬉しいよ、池内さんもありがとう」
「あ、そ、そっか、なんか恥ずかしいんだけどさ……あはは」
「どうしよう、池内さんにごめんって言われたの久しぶりな気がするよ! たしか小学生の時、ドッジボールやってて俺の顔面にボール投げてしまって、俺が痛そうにしてた時にごめんって言ってもらって以来かな!」
「ああ、そんなこともあった……って、そ、そんな昔のことを掘り返すなーっ!」
「ガーン! な、なんで俺怒られてるの!? ほ、本当のことだから仕方ないじゃないか!」
それぞれ慌てる春奈と小寺を見て、私と佑香はつい笑ってしまった。
「ふふっ、小寺、また佑香と出かけてあげてくれないか?」
「……え、絵菜……!」
「ああ、もちろん! 鍵山さんが行きたいところにお付き合いするよ! 鍵山さん、どこか行きたいところない?」
「……あ、そ、その……考えておく……」
顔が真っ赤でなかなか小寺の目を見れない佑香だが、小寺は気づいてなさそうだな……というのは小寺に失礼だろうか。
それからしばらく四人で会話をして楽しんでいた。春奈と佑香も以前とは違って優しく接しているし、よかったなと思った。
あとは佑香の気持ちをなんとか小寺に伝えられたらいいのだが、そんなに慌てることもないのかな。きっとそのうちその時が来ると、信じていた私だった。
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