第9話「講義」

 週が変わり、今日から講義が始まる。

 新しく学ぶことも増えるため、僕は今まで以上に気合いが入っていた。これまでと同じく、勉強も遊びも頑張ってこその大学生だと思う。ちょっと真面目過ぎるだろうか。まぁいいや。

 大学に行くと、拓海が先に来ていたようで手を挙げた。


「おはよー、今日からまた講義が始まるなー」

「おはよう、そうだね、なんか気合いが入ったというか」

「さすが団吉だな、よし、俺も気合い入れていくかなー……と言いながら、どうしてもサークルや遊ぶこと考えてしまうっつーか」

「あはは、まぁそうだよね、サークルも天野くんと橋爪さんが入ってくれたし、また楽しくなりそうだよ」

「そうだなー、勉強も遊びも頑張ってこその大学生なんだろうなー。まぁ、またよろしくな」

「うん、こちらこそよろしく」


 なんだ、拓海も僕と同じようなこと考えているのだな。僕は嬉しくなった。

 そんな感じで拓海と話していると先生が来た。あ、あの先生は……。


「……よし、今から始めるけど、ワシの講義では一番最初だけは点呼するようになっているのでな、一人ずつ名前を呼ぶから返事するように!」


 そう言って先生が一人ずつ名前を呼び始めた。ああ、やっぱりこれがある先生だった。僕は去年のことを思い出してしまった。名前を呼ばれて、知らない人だったが笑われて、拓海が注意してくれたんだった。僕は少し心が重くなった。


「次、日車団吉!」

「は、はい」


 よ、よかった、今年も変な声にならずに済んだ。また笑われるのかな……と思っていると、ヒソヒソと誰かが話している声は聞こえるが、笑う人はいなかったようだ。

 でも、隣で拓海が「……チッ」と言って、周りをキョロキョロと見回していた。何か気になることでもあったのだろうか。


「……よし、これで全員だな。初日から講義に出ていない者もいるようだな。まったく、たるんでいるとしか思えん。ああ、ここにいるみんなはちゃんと出ているからな、そのまましっかり勉強していくように」


 先生が説明を始めた。僕は講義に集中することにした。



 * * *



 お昼になり、僕と拓海はいつものように学食へ行った。今日は僕はお弁当、拓海は焼肉定食を食べていた。


「ふー、午前中も終わったなー、やっぱ疲れるな」

「お疲れさま、まぁ新しいこともどんどん出てきているよね、それで疲れるんじゃないかな」

「そうだなー、でもさ、数学の科目もどんどん難しくなっててさ、俺燃えるっつーか」

「あはは、さすが拓海は理系科目が好きみたいだね。僕も一緒だよ」

「おっ、団吉も燃えてるか。やっぱそうだよなー、俺も団吉に負けないように頑張らないとな」


 拓海が嬉しそうにご飯をパクパクと食べていた。僕はちょっと気になったことを訊いてみることにした。


「あ、あのさ、最初の講義の時、点呼があったけど、拓海は何か気になったことでもあった……?」

「ん? ああ、団吉の名前呼ばれてさ、知らない奴らがヒソヒソとこっち見て話してたからさ、イラっときて睨んでやったよ。だぶん団吉の名前がめずらしいから、バカにしてたんじゃないかと思ったっつーか」


 拓海が真面目な顔で言った。な、なるほど、たしかにヒソヒソと話す声は聞こえてたもんな……まぁこのめずらしい名前だ、僕は笑われることはもう慣れてしまった……ように見えて、実はちょっと心が重くなる。楽しいことではないから、誰でもそうかもしれない。


「そ、そっか、たしかにヒソヒソと話す声は聞こえてたけど……」

「俺は人の名前をバカにするような奴はろくでもない奴だと思ってるよ。去年も話したけど、俺も印藤ってめずらしいからさ、笑われてイラっときたことあったからさ」

「そ、そうだったね……同級生殴っちゃったとか言ってたね」

「ああ、そんなこともあったなー。まぁでも、団吉はそんな奴らの相手しなくていいからな。何かあったら俺に言ってくれよ」


 拓海が少し笑顔を見せた。そうか、一見クールそうだけど、この男らしい拓海が僕は安心するのかもしれないなと思った。最初はたまたま隣の席になったけど、拓海と話せるようになってよかった。感謝でいっぱいの気持ちになった。


「そっか、ありがとう。なんか拓海が男らしくて、男の僕でも惚れてしまいそうだよ」

「おいおい、俺じゃなくて団吉は沢井さんを支えてあげないといけないだろー。まぁでも、感謝されると嬉しいよ。俺こそありがとう」


 また拓海が笑顔でご飯を食べていた。こうやって「ありがとう」と素直に言える間柄というのもなんかいいな。僕はそんなことを思っていた。


「そうだ、団吉、今度また俺の家に来ないか? 前にキーマカレー作るのにハマってるって言ってたじゃんか。ぜひ団吉にも食べてもらいたくてな」

「あ、うん、ぜひぜひ。まだ作るのハマってるの?」

「まぁ、前よりはペースは落ちたけど、それでもたまに作るからさ、自己流のレシピが完成したっつーか。たぶん美味しいと思うから」

「そうなんだね、うん、楽しみにしてるよ」


 嬉しそうな拓海を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。そんな時――


「――あ、日車先輩! 印藤先輩!」


 僕を呼ぶ声がしたので見ると、橋爪さんがいた。


「お、橋爪さん、お疲れー」

「ああ、橋爪さんお疲れさま、そうだ、橋爪さんも理工学部だったね」

「はい! 講義が始まってワクワクしてます! ああ、数学の科目も難しいことやっていきそうで、なんだか楽しみです!」


 こちらも嬉しそうな橋爪さんだった。橋爪さんは数学が好きな理系女子だったな。


「おお、橋爪さんも数学好きか、なんか嬉しくなるなー。俺の周りは数学苦手な人が多かったからさ」

「あ、印藤先輩も好きなんですね! ああ、カッコいいお二人と数学の美しさについて語り合う日もあるのかな……キャー! すっごい楽しみ!」


 あ、相変わらずテンションの高い橋爪さんだった。ま、まぁいいか。


「そ、そうだね、橋爪さんも分からないことあったら僕や拓海が教えるよ。何でも訊いてね」

「はい! ありがとうございます! またサークルでもよろしくお願いします! それじゃあまた!」


 手を振りながら橋爪さんが学食を出て行った。


「あはは、橋爪さんは理系女子だったんだな、なんか嬉しくなるな」

「そうだね、三人でまた話せるといいね」


 昼ご飯を食べ終えて、僕と拓海もそれぞれ午後の講義の場所へと移動する。そうだ、笑われたとしても、僕はもう一人じゃない。そのことをしっかりと胸に刻んでおくことにした。

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