第78話「川倉の気持ち」

 火曜日、僕はいつものように大学へ行って、講義を受けた。

 そういえば今度数学検定というものを拓海と一緒に受けてみようと思っている。準一級だと高校三年レベルの問題が出題されるらしい。しかし合格率はニ十パーセント前後と、かなり難しい検定だと言える。実はそのための勉強も続けてきた。なんとか合格できるといいなと思っている。

 お昼になり、拓海と一緒に学食で昼食を食べていると、スマホが震えた。なんだろうかと思って見てみると、川倉先輩からRINEが来たみたいだ。


『団吉くん、今日はサークルないけど、後で部室に来てくれないかな? このことはみんなには内緒で』


 ん? みんなには内緒? どういうことだろうかと思ったが、とりあえず『分かりました、講義が終わったら行きます』と返事をしておいた。


「ん? 団吉どうした?」

「あ、い、いや、なんでもない。そういえば数学検定の勉強してる?」

「ああ、なんとかやってるんだが、ほんとに合格できるのかなとちょっと心配でな」

「まぁ、一回きりというわけではないし、もっと楽に考えておいた方がいいのかもね。合格はしたいけど」


 あ、危なかった、つい川倉先輩のことをポロっと話すところだった。そういえばあの後も川倉先輩と拓海は普通に話ができているみたいだ。いつか拓海の想いが川倉先輩に届くといいなと思っていた。



 * * *



 講義が終わって、僕はすぐに研究棟へ行った。部室に入ると、川倉先輩がもう来ていたようだ。


「お、団吉くんお疲れさまー、ごめんね急に呼び出しちゃって」

「お疲れさまです。いえ、今日は特に予定がなかったので大丈夫です」


 僕はそう言って川倉先輩の横に座った……って、い、今この空間は僕と川倉先輩の二人しかいないのか。チラリと川倉先輩を見ると、美人の横顔がそこにあった。僕は少しドキドキしてしまった。


「あ、そ、そういえば、今日はなんかありましたか? みんなには内緒とか言ってたけど……」

「あ、う、うん、ちょっとね、その、あの……」


 いつもハッキリと話す川倉先輩が、どこか恥ずかしそうというか、言葉に詰まっている気がした。何かあったのだろうか。しかしなかなか訊きづらいな……と思っていると、


「あ、あの……拓海くん、のことなんだけどさ……」


 と、急に拓海の名前が出てきて、僕はドキッとしてしまった。た、拓海のこと? どうかしたのだろうか。


「え、あ、拓海が、どうかしましたか……?」

「う、うん、前にも話したことあったけど、拓海くん、か、彼女いないんだよね……?」

「あ、はい、今はいないみたいです」

「そ、そっか……拓海くん、カッコいいよね……」

「そうですね、性格もよくて、顔もカッコいいから、モテるんじゃないかと思っているんですが」

「そ、そうだよね……カッコいい……」


 川倉先輩が顔を赤くして俯いた。あれ? この感じどこかで……と思っていると、


「……あー、こんなまわりくどいこと言ってちゃダメだな……あ、あのね、私、拓海くんのことが、す、好きになったのかもしれなくて……」


 と、ぽつぽつと川倉先輩が話してくれた。

 あーなるほど、川倉先輩が拓海のことを好きになったと。

 

 ……って、えええええ!?


「え!? あ、そ、そうなんですね……もしかして、最近ですか?」

「う、うーん、前からカッコいいなーと思ってはいたんだけど、最近RINEでよく話すようになってさ、色々な話してると、拓海くんとってもいい人で、なんか、いいなーって……は、恥ずかしいね……」


 そ、そうか、拓海は勇気を出して川倉先輩にRINEを送ってみたと言っていた。色々な話で盛り上がっていたのだろう。もしかして、拓海の想いが少し川倉先輩に届いたのかな。


「そうですか……まぁでも、川倉先輩が好きだっていう気持ち、いいと思いますよ」

「そ、そうかな……でもさ、私なんてただのサークルの先輩だしさ、こんなおばさん恋愛対象としては見てくれていないんじゃないかなって……」


 川倉先輩のその言葉を聞いて、僕は危うく「大丈夫です、拓海も同じ想いですよ」と言ってしまうところだった。いかんいかん、こういうことは他人の僕が言っていいことではない。

 でも、そういえば拓海もサークルの先輩後輩という間柄ということで、自分のことは恋愛対象として見てくれていないのではないかと思っていた。そうか、川倉先輩も同じような気持ちだったのか。


「お、おばさんってことはないですよ、川倉先輩も、び、美人さんだし、きっと拓海も嫌な思いはしてないと思いますよ」

「そ、そうかな……お酒もたくさん呑んでさ、うざがらみするような女でもいいのかな……」

「はい、もちろん。あの席は楽しいですし、僕も拓海もお酒が呑めるのっていいなって思いながら見てます」

「そ、そっか……それならいいけど……」

「はい。でもどうしましょうか、思い切って川倉先輩の気持ちを拓海に伝えてみますか?」

「う、は、恥ずかしい……それと、もし言ってダメだった時、今後が気まずくなるなーと思って……」


 その昔、火野と高梨さんも、お互いのことを想いながらももしフラれたら……という気持ちになっていたなと思い出した。


「まぁ、それは言ってみないと分からないですよ。でも僕はやっぱり川倉先輩の気持ちを大事にした方がいいと思います。それに――」


 僕は川倉先輩の目を見て、話を続けた。


「好きな人がいて、好きって言える川倉先輩がとても素敵ですよ」


 僕は火野たちに言ってきたいつものセリフを川倉先輩にも言った。何度言っても言い過ぎかなと思ってしまうのだが、


「そ、そっか……うん、もしその時が来たら、思い切って言ってみることにしようかな。団吉くん、ありがとね」


 と、川倉先輩が笑顔で言った。やはり笑った顔も美人だな……って、ぼ、僕は何を考えているのだろう。


「ご、ごめんね、急にこんな話して……あ、慶太や蓮ちゃん、もちろん拓海くんにも内緒にしてもらえるかな」

「はい、もちろんです」

「ありがとー! よし、ちょっと何かスイーツでも食べに行こうか、私がおごるよー」


 川倉先輩がそう言って僕の左手を握った。僕はドキッとしてしまったが、ま、まぁ、これはいつものスキンシップだよな、絵菜に見られたら大変なことになりそうだけど……。

 その後大学近くのカフェで、お茶をした僕たちだった。でもそうか、川倉先輩が拓海を好きになったのか。拓海のまっすぐな気持ちが川倉先輩にも伝わったのかなと、僕は嬉しい気持ちになっていた。

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