第2話「二年目」

 四月、だいぶ暖かくなってきて、過ごしやすくなった。

 私、沢井絵菜は、今日から学校が始まるということで、少し早めに学校に行った。私は美容専門学校に通っている。二年目の今年は最終学年だ。これまで学んできたことを思い出しながら、これからも頑張っていこうと思っていた。

 教室に入ると、友達二人がもう来ていたようだ。


「あ、絵菜おはよー! ああー春休み終わっちゃったねー」

「……おはよ」

「ああ、おはよ。終わってしまったものは仕方ないな、また頑張らないと」


 元気よく挨拶をしてくれたのは、池内いけうち春奈はるな。去年入学式の時に私に声をかけてくれて、それから仲良くなって一緒にいることが多くなった。明るくておしゃべり好きな女性だ。

 ぽつりと一言挨拶をしたのは、鍵山かぎやま佑香ゆうか。春奈とは対照的におとなしくてあまり話さない女性だ。この二人は高校生の頃から仲が良いらしく、よく二人で遊んでいたとのことだ。性格は反対のように見えるのだが、気が合うとはこのことなのだろう。


「そうだねー、また頑張っていきますかー。あ、そういえば佑香、春休みに小寺こでらとデートしたりしたー?」

「……え!? い、いや、してない……」

「えー、せっかくの休みだったのにー、小寺も嬉しいと思うけどなー。ねぇ、絵菜もそう思うでしょ?」

「あ、ああ、でも、あまり慌てないことも大事なのかなって思う……」

「そっかー、うーん難しいねぇ、佑香はあんまりぐいぐいいく方じゃないもんなー。私のおしゃべり能力を分けてあげたいよー」

「……それはいらない」

「あーっ、佑香め、生意気なこと言ってー!」


 そう言って春奈が佑香をポカポカと叩いている。その光景が面白くて私はつい笑ってしまった。


「ま、まあまあ、佑香もまたそのうち小寺とデートできるといいな」

「……う、うん、誘うのドキドキするけど……」


 恥ずかしそうに俯く佑香だった。先程から言っている小寺というのは、小寺こでら十騎とうき。美容科の二年生で、長髪のイケメンだ。春奈と佑香と同じ高校出身で、春奈とは小学生の頃からの知り合いらしい。

 そして佑香は小寺に恋をしていて、私と春奈はなんとか二人がくっついてくれないかなと思っている。


「あははっ、まぁ慌てずに少しずついきますかー。あ、先生来たみたいだね」


 先生が来たので、席に着いて真面目に授業を受けることにした。



 * * *



「あー、今日も終わったー、なんだか疲れちゃったな」


 私の隣で春奈が伸びをしながら言った。今日は授業というよりはオリエンテーションというような感じで、これからの授業の説明があった。秋にまたネイリスト技能検定試験を受けることと、就職活動があることを聞いた。そうか、来年の今頃は私たちは社会人になっているのだ。ちょっと身が引き締まる思いだった。

 ……まぁ、ちゃんと勉強して検定試験にも合格して、就職できればの話だが。


「ああ、お疲れさま。私たちも就職活動が控えているんだな、ちょっと気合いが入ったというか」

「そうだねー、ちゃんとネイリストになれるのかなぁ。まぁ、うじうじしてても仕方ないよね! できることからコツコツとやっていかないとね!」

「……めずらしく春奈がいいこと言ってる」

「ふっふっふー、私だってやればできる女だからねー……って、佑香め、また生意気なこと言ったなー!」


 そう言ってまた春奈が佑香をポカポカと叩いている。この二人は本当に仲が良いな。


「ま、まあまあ、って、いつの間にか私が止める側にまわってしまった……」

「――あ、みんないた!」


 その時、こちらにやって来る人がいた。長身長髪のその男は、小寺だった。


「あ、小寺、お疲れー。小寺も終わったの?」

「ああ、今日はもう終わりだね。みんないるかなと思って来てみたよ。それにしても春休みは会えなかったから久しぶりだね! あ、鍵山さんからはRINEもらってたね、いつもありがとう」

「……あ、い、いや、こちらこそ……」


 顔を真っ赤にして俯く佑香だった。なかなか小寺を見ることができない。本当に小寺のことが好きなんだな……と、ちょっと嬉しい気持ちになってしまった。


「なんだー、佑香ったらRINEは送ってたんじゃーん、その勢いで誘ってしまえばいいのにー」

「ん? 誘うってどういうこと? 俺何かしてしまったのかな?」

「ああ!! い、いや、なんでもない……ま、まぁ、小寺と佑香が仲良さそうだから、よかったなーと思って……あはは」

「ああ、なるほど、池内さんも寂しいんだね! そんなに恥ずかしがらなくていいのに~」

「あ、ああ、私は佑香や絵菜と違って一人だから……って、なんかムカつくー! くそー、小寺も調子に乗りやがってー!」

「ガーン! な、なんで俺怒られてるの!? 鍵山さん、沢井さん、助けてくれないか~」


 今度は小寺をポカポカと叩く春奈だった。私と佑香は笑ってしまった。


「ま、まあまあ、小寺、何か用事があったのか?」

「ああ、大事な用事というわけではないけど、この後みんな暇ならまた喫茶店にでも行かないかなと思ってね! 久しぶりにコーヒーが飲みたくなってね」

「あ、なるほど、私は大丈夫。春奈と佑香は?」

「あ、うん、私も大丈夫だよー」

「……わ、私も……大丈夫」

「そうかそうか、ありがとう! じゃあみんなで行こうか! 今日はいい日だね!

「……佑香、かなり恥ずかしそうだけど、なんとか気持ちが伝わるといいね」


 春奈が小声で私に話しかけてきた。うん、その思いは私も一緒だ。


「……そうだな、でも私が見る限り、小寺はだいぶ鈍感のような気がするのだが……」

「……そうなんだよね、私もそう思う。せっかくカッコいいのにもったいないよ」

「ん? 池内さんと沢井さん、どうかした? なんか話してたけど」


 私たちがコソコソ話していたのがバレたのだろうか、小寺が不思議そうにこちらを見つめる。


「あ、い、いや、なんでもないよー。ほらほら、小寺は食べ盛りなんだからさ、コーヒーだけじゃなくてケーキやサンドイッチとか食べた方がよくない?」

「え!? お、俺食べ盛りだったのか、ま、まぁいいか。じゃあケーキを食べようかな、鍵山さんも食べない?」

「……あ、う、うん……」


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに頷く佑香だった。

 時間はかかったとしても、こうして少しずつ距離を縮めていけばいい。そんなことを思っていた私だった。

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