第86話「理性」

「え、絵菜!? こ、これはその、なんというか、す、すごくドキドキするというか、近いというか……」

「……ごめん、私団吉が大好きすぎて、誰にもとられたくないんだ……お願い、私だけを、見て……?」


 そう言って絵菜が僕を見つめてくる。僕も絵菜を見つめる。

 ここは僕の家。今は午後で母さんも仕事だし、日向も学校に行っていていない。みるくはベッドで寝ている。僕はソファーに座っている。そして絵菜が僕の膝の上にまたがるように乗っている。僕の視界には絵菜しか見えない。絵菜の顔が、胸が目の前だ。

 ……って、冷静に状況説明しているように見せかけて、僕は頭が真っ白になっていた。ど、どどどどうすれば……と思っていると、絵菜がニコッと笑ってそのまま僕に抱きついてきた。え、絵菜の胸が僕の顔に当たる……! こ、ここは天国か……って違う違う! ああ神様、こ、こんなことをしていていいのでしょうか……!?


「え、絵菜……」

「団吉……」


 今度は絵菜が僕にキスをしてきた。さっきよりも長い。お互いの舌が絡み合う……僕はおかしくなってしまいそうだった。

 ちょっと絵菜が離れて、着ていたシャツをめくった……って、あああ! ぶ、ブラジャーが見える……さらに絵菜はそのブラもずらした。め、めめめ目の前に絵菜の綺麗な胸が……! 僕は頭が沸騰しそうだった。


「……触って?」


 そう言って絵菜が僕の手をとり、自分の胸にあてた。や、やわらかい……本当ならダメなのだろうが、僕はもう感覚がおかしくなっていた。ゆっくりと絵菜の胸を触る……。


「……あっ」


 絵菜が小さな声を出した。僕はそれを聞いて、我慢できなくなって絵菜にキスをした。またお互いの舌が絡み合う……どんどん僕の下の方が反応していた。その下の方を絵菜がそっと――


「……団吉、避妊具持ってるから……しよ?」


 絵菜がとろんとした目でそう言うので、僕は頭の沸騰と胸のドキドキが最高潮に達しようとしていた。ああ神様、ついに、ついに僕にもその時が訪れてしまったのでしょうか……!


「あ、そ、そうなんだね……しよっか……」


 絵菜のことも考えて、まだ未成年だからとこれまでずっと我慢してきたが、もうダメだ、ここまで絵菜に求められると、応えてあげない方が失礼だと思う。というか、僕の理性はどこかに消え去ってしまっていた。

 絵菜と触り合いながらもう一度キスをしていたその時――


「ただいまー」


 玄関から日向の声がした。僕と絵菜はビクッとして慌てて離れた。絵菜もずらしていたブラや服を元に戻す。ちょっと距離が空いたようにして座っていると、日向がリビングに入ってきた。


「あ、絵菜さん来てたんですねー、こんにちは!」

「こ、こんにちは……」

「あ、あれ? ひ、日向、部活が終わったにしては早くないか……?」

「ああ、昨日試合があったから、今日は軽いミーティングをして終わったから早いんだよー……って、あれ? お兄ちゃんと絵菜さん、なんでそんなに離れて座ってるの?」

「ああ!! い、いや、別に深い意味はないというか、なんというか……あはは」

「んんー? なーんか怪しいなぁ。あ、そっか、二人でイチャイチャしてたんだよねー」

「あ、い、いや、そうじゃなくて、僕はもうすぐ試験があるし、絵菜も試験があったから、その結果が分かるのっていつだっけと確認し合ってたところで……あはは」


 まさか僕の膝に絵菜が乗ってえっちなことしていたとか、口が裂けても言えなかった。


「ああ! そっかそっか! で、二人ともいつ結果が分かるの?」

「あ、ぼ、僕は十一月中旬くらいで、絵菜は十一月下旬くらいだよ」

「そうなんだねー、お兄ちゃんはこれからだけど、まぁ二人とも大丈夫だよー。絵菜さんもそう思いますよね!?」


 日向がそう訊くと、「う、うん、そう思う……」と、恥ずかしそうに答える絵菜がいた。


「そうですよね! あ、私着替えて来ないと! ちょっと部屋に行ってきます!」


 日向がビシッと敬礼をして、自分の部屋に向かった。あ、危なかった、なんとかバレずに済んだ……のかなと思っていると、


「……ご、ごめん団吉、私、おかしくなってしまって、とんでもないことしてた……」


 と、絵菜が恥ずかしそうに言った。


「あ、い、いや、僕も理性がどこかに吹き飛んでいて……ご、ごめん」

「いや、団吉は何も悪くない。私がぐいぐいいってしまったのがよくないんだ……」

「ううん、絵菜も何も悪くないよ。ま、まぁ、えっちはできなかったんだけど、また今度にとっておこうか」

「うん、準備はできてるから……」


 恥ずかしそうに言う絵菜が可愛かった。

 それから僕は三人分のジュースとお菓子を用意するためにキッチンへ行った。そしてさっきの出来事を考えていた。


(あ、危なかった、あのまま続けていたら、日向にとんでもないところを見られて……あああ、兄としての威厳が……! あれ? そんなものは最初からないのかな……い、いや、そうじゃなくて、絵菜も最近くっつけなかったから、寂しかったんだよな……やっぱり普段離れているというのは僕も寂しいものがあって……)


「――お兄ちゃん? 何ボーっとしてるの?」


 いつの間にかキッチンに来ていた日向に顔を覗き込まれて、僕はビクッとしてしまった。い、いかん、しっかりしろと心の中で自分に言い聞かせた。


「あ、い、いや、なんでもない……ちょっとめまいがしただけで」

「え、お兄ちゃん大丈夫? おやつ用意するなら私がやるよ?」

「あ、も、もう大丈夫だから。ありがとう。そこのお菓子が入った入れ物持って行ってくれるか? 僕はジュース持って行くので」

「うん、あ、おかきがあるー! これ美味しいんだよねー」


 日向がニコニコでお菓子を持って行った。僕もジュースを持ってリビングに戻る。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがと……」

「わーい、いただきまーす! あ、絵菜さん、また今度爪を綺麗にしてもらっていいですか!? 最近なんか薬指の爪がひび割れているのか気になって」

「あ、うん、今でもいいよ、道具持ってるから」

「ほんとですか!? じゃあお願いします!」


 日向がササっと絵菜の隣へ行って、手を差し出していた。

 それにしても、絵菜も僕と一緒になるのを望んでいる。さ、さすがに時と場所を選んでしまうが、絵菜の望みは僕の望みでもある。男として、きちんと受け止めてあげたい気持ちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る