第85話「私を見て」

 月曜日、僕は一限から講義があったので、大学へ行く。

 絵菜が一緒に行かないかとRINEで言っていたので、駅前で待ち合わせをしてから電車に乗った。


「団吉は午後も予定があるのか?」

「ん? ううん、今日は講義も午前中で終わるし、午後は空いてるよ」

「そっか、そしたら私も今日は午前中で終わるから、午後会えないかな?」

「あ、うん、じゃあ僕の家にでも来る? たまにはのんびりしようか」

「うん、楽しみにして頑張る」


 楽しみにして頑張ると言った絵菜が可愛かった。

 絵菜の学校の最寄り駅に着き、絵菜が小さく手を振りながら降りて行った。この時がちょっと寂しいんだよな……と思いつつ、今日は後で会えるし僕も頑張ろうと思った。

 大学へ行き、真面目に講義を受けた。これまでそんなにサボることはしていないので、今のところ単位的にも問題ないだろう。特に必修科目はきちんと受けておきたいところだ。

 もしかしたら僕は何かを学ぶことが好きなのかもしれないな……と思いながら、午前中の講義が終了した。お昼はどうしようかなと迷ったが、たぶん絵菜も食べていないだろうから、一緒に食べるのもありだなと思った。

 僕はとりあえず終わったことを絵菜に知らせようと、スマホを取り出してRINEを送った。


『お疲れさま、僕は今終わったよ』


 送ってから大学の最寄り駅まで移動する。駅のホームで電車を待ちながらスマホを確認すると、絵菜からRINEが来ていた。


『お疲れさま、私も終わった』

『そっか、今から駅前に向かうね』

『うん、私も行く』


 電車が来たので乗って、しばらく揺られて駅前に戻って来た。まだ絵菜は着いていないようだ。僕はベンチに腰掛けて待つことにした。だいぶ涼しくなり、外もなんだか気持ちがいい。しかしもうすぐ寒い日がやって来るのかと思うと、寒いのが苦手な僕は憂鬱な気分になる。

 しばらく待っていると、絵菜がやって来た。


「ご、ごめん、待たせてしまった」

「ううん、そんなに待ってないから大丈夫だよ。絵菜はお昼食べた?」

「あ、ううん、食べてない」

「じゃあどこかで何か買って行こうか、何がいいかな……食べたいものある?」

「うーん、そうだな……パンかサンドイッチがいいかも」

「よし、じゃあパン屋さんに行ってみようか」


 二人で駅前の近くにあるパン屋に寄った。美味しそうなパンがたくさん並んでいる。僕たちはクリームパン、チョコスコーン、あらびきフランク、サンドイッチを買うことにした。ここはお値段もそんなに高くないので嬉しい。


「ふふっ、なんかこういう普段の買い物も一緒にできるのが嬉しい」

「ああ、そうだね、一緒に暮らしたらもっとその機会が増えるんだろうね」


 小さいことだが、たしかにふとしたことを一緒にやるというのが僕も嬉しかった。こういう時間も大事にしたいなと思った。

 パンを買って、一緒に僕の家まで帰る。玄関を開けるとみるくが「みゃー」と鳴きながらトコトコやって来た。


「あああ、みるくちゃん可愛い……」

「あはは、みるくただいま、よしよし。あ、絵菜上がって」


 僕が促すと、絵菜が少し小さな声で「おじゃまします」と言って上がった。二人でリビングに行く……と、急に後ろから絵菜が僕に抱きついてきた。


「あ、あれ? 絵菜……?」

「ふふっ、ごめん、最近会ってはいたけど、こうしてくっつくことがなかったから」

「あ、そ、そうだね、ごめん、寂しい思いさせちゃったかな」


 僕も絵菜の方を向いて、ぎゅっと抱きしめた。絵菜の金髪が僕の顔に触れる。なんかいいにおいがするな……というのはやっぱり変態だ。はい神様、僕はいつ捕まるのでしょうか。


「団吉……」


 絵菜は僕の目を見た後、そっとキスをしてきた。少し長いキスの後、目を開けると絵菜が嬉しそうな笑顔を見せた。


「ふふっ、団吉のぬくもり、大好き……」

「うん、僕も絵菜からいいにおいがしてドキドキしてた……って、これは変態くさいな」

「ふふっ、団吉なら大丈夫。他の奴なら殴ってるけど」

「な、殴るのはよくないんじゃないかな……あはは。あ、せっかく買ったしお昼食べようか」


 二人でソファーに座って、買ってきたパンを食べることにした。うん、あらびきフランクというのも美味しいな。


「けっこう美味しいね、安いしボリュームもあるしいいよね」

「うん、たまにはいいかもしれない」

「そうだね。あ、そういえば絵菜のネイリストの試験って、結果が分かるのいつ?」

「たしか十一月の下旬くらい。もうちょっと先だな」

「そっか、合格してるといいね」

「うん、あ、団吉の数学検定は結果が分かるのいつなんだ?」

「ああ、十一月の中旬くらいだったかな、もしかしたら絵菜と同じくらいの時かも」

「そっか、試験はこれからだけど、団吉も合格するといいな」

「うん、それに池内さんや鍵山さん、拓海も一緒だね。みんな頑張ってるから、きっと大丈夫だよ」


 僕がそう言うと、絵菜がニコッと笑顔を見せた。ああ可愛い……僕はなんて幸せ者なのでしょうか。

 パンを食べ終わった後、隣に座っていた絵菜が僕にくっついて来た。


「よく考えると、私は専門学校だから、団吉よりも早く社会に出ることになるんだよな……」

「ああ、そうだね、絵菜は二年で、僕は四年だもんね。絵菜の方が先輩になるのか」

「ふふっ、今はまだ無理だけど、社会に出てある程度お金も貯まったら、私実家を出ようかなって思ってて」

「そうなんだね、僕はその頃まだ実家なのかな、でも今も一人暮らしをしている人を見ると、自分もいつかここを出て行くことになるんだよなって思ってたよ」

「そっか、日向ちゃんが寂しがりそうだな」

「うーん、そうかもしれないけど、ちょっと距離を置くのもいいのかなって思うよ。あ、日向が嫌いとかそういうことではないよ」

「うん、団吉と日向ちゃんは仲良くないと。でも、他の女性はダメ……」


 そう言って絵菜がぎゅっと抱きついて来た……のはいいのだが、ソファーに座っている僕の膝にまたがるようにして乗ってきた。


 ……って、えええええ!?


「え、絵菜!? こ、これはその、なんというか、す、すごくドキドキするというか、近いというか……」

「……ごめん、私団吉が大好きすぎて、誰にもとられたくないんだ……お願い、私だけを、見て……?」


 そう言って絵菜が僕を見つめてくる。僕の太もものあたりには絵菜のお尻があって、目の前に絵菜の顔と胸があって……って、状況説明している場合ではない。距離がゼロに近い。あああ、頭が真っ白になってきた僕は、言われた通りに絵菜を見つめることしかできなかった。

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